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この恋は不幸でしかない 77
「ちが そんなこと言ってません!」
はは と嬉しそうに笑う東条を眺めながら、さっき「俺」を使っていたことに気づいて穂垂ははっと息を詰める。
自分といる時は常に「私」だっただけに、とっさに出たのだろう一人称の変わりように……
チクリと胸が痛む。
気安くやり取りを続ける目の前の男女は夫婦だ。
番であり、社会に認められ、実際に夫婦としてお互いを尊重している。
「違ったか?」
「違うわよ、子供の前でそんなことしません」
「子供がいなかったらするわけだな? じゃあたけおみ、かなとも、向こうで遊ぶか?」
笑いながら店内の端を指す。
そこには色とりどりの大きな積み木やオモチャが転がっていて、東条の言葉を聞いた二人はそわそわと顔を見合わせて遊びたそうにした。
「穂垂も今日くらいいいだろう? 好きなものを頼みなさい」
穏やかに微笑みながらメニュー表を渡してくる東条を見上げて、先程と表情の違いを見つけて……
自分に話しかける際の堅苦しい空気に、形容しがたい感情を抱えて俯いた。
店を出る際に、彼女は花束を示しながら笑顔でもう一度礼を言ってくれた。
「帰りは? 車が来るまで店内に……」
「駐車場まで歩くわよ。あまり過保護にしないでって言ってるでしょ? ちゃんと護衛はついてきてくれてるし、歩かせないと足腰が強くならないわ」
「何もこんな寒い時に歩かせなくてもいいだろ」
「それなら穂垂さんは?」
「……少し運動しないと 」
は と白い息を吐いて東条は肩をすくめる。
「それよりも穂垂さんの足元に気を付けてあげてよ」
雨が降ったわけではないから道が凍っていることはないだろうけれど、用心にこしたことはない と、東条を穂垂の方へ押す。
そのやり取りも、やっぱり気安い者同士のやり取りで……
もちろん、二人の間に流れた時間が自分よりも長いこともわかっている、わかってはいるが……穂垂は飲み込み切れない感情を振り払うように、たけおみ達を促して歩き出した。
「……嫌な人なら、もうちょっと違うのに」
彼女は自分を受け入れ、気にかけてくれている。
例えそれが東条の番全員に同じ対応なのだとしても……彼女の厚意に敵意を返す気はなかった。
けれど、もし憎むことができたならば、今胸にあるもや とした感情のガス抜きになってくれただろうに……と穂垂は苦笑した。
それでも、今が不幸なのかと尋ねられたら全力で否定する。
唯一になれなかったのは残念だけれど、それでも東条は子供に会いに来てくれる時は自分だけを見てくれるだろう。
だから、自分は幸せだ と思っていた。
確かに────幸せだった。
あの冷ややかな目で見つめられるまで。
◆ ◆ ◆
憂いのない幸せを手にしたと信じていた。
あの冬の日、穂垂の体が傾いで階段から落ちるまでは……
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