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この恋は不幸でしかない 78

 本来なら妻に許可を取ってから番に迎えるべきなのに、それをすべて後回しにして手に入れてしまった穂垂に対し、妻がいい気分でないのを東条は肌で感じていた。  それでもそれを押し込めて接しようとしてくれているのはわかっていたし、彼女なりに歩み寄ってくれたのが嬉しかった。  我儘なことばかりしている自分には過ぎた妻だと、誇らしく思っていた。  そんな妻と、やっと笑顔を見せてくれるようになった運命と、そして仲のいい二人の子供と……  どれも得難いもので、東条は自分の手の中にある宝物だと信じて疑わなかった……────なのに。  はっと驚いた顔をした穂垂の体が、数段とは言え階段を転げ落ちたのは、まるで掌から宝が零れ落ちたかのようだった。  カートに乗せられ、追いすがる東条を振り払うようにして穂垂は手術室へと運び込まれてしまった。  東条は瀬能に怒鳴りつけるように中に入れろと叫んだが、冷たい視線であしらわれておしまいで……    腹を庇って落ちた穂垂は受け身を取れず、ほんの二、三段の小さな階段とはいえそれは彼に大きなダメージを負わせていた。  鳴り響くサイレンの音にかき消されそうになりながらかけた声に、脂汗を浮かべた穂垂は返事をしない。  いや、できない。  額から溢れた赤い血と、真っ青になっていく顔色と、そして震えながらもしっかりと押さえられた腹部と…… 「ど……ど、したら   」    東条自身、医療に携わる者として救命講習や実地でも経験もあったはずなのに、その時取った行動は今まで見てきた患者の家族と同じものだった。  邪魔になると理解しているのに急ぐ看護師に尋ねかけ、医者に掴みかかろうとし……そして廊下で崩れ落ちる。  幾度か見かけて、自分はああはなるまいとどこか冷めた気持ちで見ていた者たちと同じことをしていることに、東条は気づけないまま廊下へと突っ伏した。      妻が穂垂に対して何かすることはないと信じていたけれど、それは結局、東条が考えていることで実際に会わせた時にどうなるかは未知数だった。  番達の中で、妻は特に異質だ。  家同士の繋がりや後ろ盾を優先させて選んだ見合い相手で、出会った時にはお互いに恋人がいた。  彼女とは他の番のような、心を掻き立てるような情熱は持ってはいなかったが、対等に話し合って腹を割り、共に人生を歩んで行ける信頼する戦友に近い感覚だと東条は思っている。  他の番達はそれとは違ってそれぞれに傍にいると楽しく、愛らしく、庇護欲を掻き立ててくれる存在だ。  東条のαとしての本能を満たしてくれるかけがえのない番だ。

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