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この恋は不幸でしかない 79

 では、穂垂は? と尋ねられると、東条は返事に困っただろう。  確かに愛らしい、庇護欲も掻き立てる、人として好ましい、……けれどそんな言葉でくくり切れないものを持つ存在だった。  傍に居たいと自然に思い、触れたいと思うよりも先に触れてしまっている。  仮定だとしても目の前から消えてしまったら と思うとそれだけで東条は落ち着かなくなった。  魂の片割れなどといった表現もあったが、片割れではなく魂そのものだと感じていた。  穂垂に何かあれば、その瞬間自分自身が砕け散ってしまうだろう と。  幼い頃から時宝家の跡取り候補として感情を律するように教育されてきたし、自分でもそうしてきたはずだった。  何を優先するべきか、その時にふさわしい行動は何か、人に弱みを見せることはあってはならない……様々なことを骨の髄まで叩き込んできたというのに……    けれど今、運命の番相手にそれがどれほどちっぽけなものだったかを痛感するしかできない。  穂垂に何かあったならば、その時はすべてを振り払って後を追う覚悟すら持っていた。  ぶるぶると震えながら、東条はネームプレートに蛍のシールが貼られた病室の前でうずくまったままだった。  真っ暗ではないが電気を落とされ、非常灯のみ皓々と光るその空間は棺桶の中のように静まり返っている。 「  」    鼻を啜るわずかな音さえ響き渡りそうな静けさの中に、コツリコツリと足音が響く。 「中にも入らず、子供にも会いに行かないのなら帰った方がいいんじゃないのかい?」  コツ と傍で足音が止まり、瀬能の冷ややかな声が頭上から降り注ぐ。 「目の前にいた番を助けもできないアルファがどの面下げて二人に会えるんですか……」 「その面しかないだろう? 意識が戻った時、傍にいるのといないのとじゃ大きな差だよ」  そう言うと瀬能は病室の扉へと手を伸ばそうとし……東条に阻まれて肩をすくめた。 「付き添わないなら帰りなさい、面会時間は過ぎている。君には緑川くんの分まで子供を気にかけないとならないんだから」  東条は瀬能の言葉に、保育器の中でたくさんの管に繋がれた小さな……小さすぎる命を思い出して体を震わせる。  たけおみも十月十日満ちずに生まれた。  母体が女性ということで、αにしては長く体内で育った方だったが、それでもαの宿命とでもいうかのように小さく生まれて保育器は必須だった。  早産気味に生まれるだろうと覚悟をしていても、やはり無性の子供達より儚く見える我が子に恐ろしさを覚えたのを、東条は忘れてはいない。

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