321 / 391
この恋は不幸でしかない 80
けれど、もともと早産で子供を産む男型Ωの、更に早産ということもあって……
「子供がアルファでよかった、優性の強い君の子だからね。頑張っているよ」
「子供がアルファだから、だからなんですか……穂垂はあんな大怪我をしたのに!」
経過観察は必要だが命に別状はない と瀬能は言うけれど、紙のような顔色のまま呼吸をしているのかすら疑ってしまうような状態だ。
東条はその様子を思い出してふらりと倒れ込みそうになって扉に手を突いた。
体を支える代わりに、ばぁん と派手な音が弾けて吸い込まれるように廊下の果てへと響いていく。
夜の病院にふさわしくない大音声に、瀬能ははっと息を詰め……何も起こらないことにゆっくりと溜息を吐いた。
「こちらはベストを尽くしている。君の子供も緑川くんも同じだ」
「……っ」
「君はここで腐っているだけかい? あんなに小さな子を置いて」
東条の喉がぐ と音を立て、爪を立てられた扉が軋むように震える。
「あの子は……っ」
名前は顔を見てからつけよう とお互いに話していたために、そう呼ぶしかできない切なさに東条は唇を噛みしめた。
穂垂の記憶が戻って、自分自身を見てくれるようになったから……これからはすべてがいい方向へ向かうと信じて疑わなかった。
もしも、万が一があるだなんて想像すらしなかった東条は、眉間に深い皺を刻みながらそれでも懸命に呼吸をしていた我が子を思う。
「私 はっ……、あの子を 」
震えを押し込むようにして東条は「私がしっかりと育てます」と声に出す。
目の前にいた穂垂を助けることができずに大怪我を負わせてしまった自分に、果たしてその資格はあるのかと東条は胸中で幾度も言葉を繰り返した。
自問自答の結末ははっきりとわかっていたはずなのに、それでも繰り返してしまうのは東条が一度、大伯父の気迫に気圧されて逃げ帰ったからだ。
けれど、幾度問いかけても、穂垂から離れるなんて馬鹿馬鹿しい答えは出せなかった。
取り繕ったαの仮面が剥がれて、子供のように廊下で泣くしかできない身だとしても、それでも這いつくばりながらでも穂垂の傍にあり続けたいから。
何より、二人で待ち望んだ命なのだから共に育みたいと心の底から願っていて……でも穂垂がこういう状態の今、挫けている場合ではない と顔を上げる。
東条は腹を括って瀬能を見返す。
お互いにできることがあるだろうし、穂垂にしかできないこともあるだろうけれど、自分自身にしかできないことだって多い。
ならば……と東条ははっきりと胸の内を口にした。
「アルファの矜持を持った、立派な子に」
「そうかい。切り替えが早くて助かるよ」
ともだちにシェアしよう!