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この恋は不幸でしかない 81

   ほっとした様子の瀬能が肩をすくめる姿はどこかくたびれて見える。  それに申し訳なく思いながら、東条はじっと自分の手を見つめた。  穂垂の怪我に関して、自責の念を消化することは一生できないだろうと東条は思っていた。それでも、挽回という言葉に縋れるなら……と。   「……まずあの子が退院した時のために、もっと念入りな準備が必要ですね。何が必要なのか……」 「基本的なものはもう揃っているんだろう?」    幾つかの育児用品は揃えてはいたが、まだすべては揃っていなかったはずだ と、東条は記憶を探る。  別に二人退院までに勝手に買い揃えてしまってもよかったが、たけおみが産まれた際に安易に選びすぎて、妻に必要のない使えない物ばっかり用意してしこたま怒られたことを思い出して首を振った。 「まだ選びきれていないものがあります」 「気になるもの片っ端から買えばいいじゃないか」    瀬能は人差し指と親指でゲスい感じに輪を作る。  東条は時宝の役員としての報酬や不労所得、その他に大神達の組織から『捜索』への謝礼も出ているのだから、番を数人囲っても困らないはずだ。 「金ならあるだろう?」 「実家のような……そういう買い方を穂垂が嫌がるので」    以前、妻にも言われたことがある感覚の違いに、東条は顔をしかめた。  「時宝の金銭感覚ではなく、市民の金銭感覚を」と言われて最初は何が何だかわからなかったが、この数か月穂垂と共にいて金銭に関することに対する考え方に随分と違いがあることに気が付いた。  時宝の家と関わりを持つのだからある程度は東条の金銭感覚に合わせて貰わなくてはならなかったが、番とよく話し合い、その意見を尊重するという話が妻と出来ている以上、穂垂に対しても同じように歩み寄るのは当然のことで……  いきなり新居として高層マンションを買ってくるな と怒られたのは記憶に新しい。 「穂垂の嫌がることはしたくないんで」 「ああ、そうだね。先達として、奥さんには逆らわない方がいいよ。ほんっとうに、その方がいいよ」 「もう身に染みています」  妻は引き際をわきまえてはくれてはいるが、それでも自分に対してはっきりと意見を言ってくる。  それは時に残酷なくらい鋭利な言葉だったりもして……少しすねたような顔で「番には勝てないんですよ」と東条は瀬能に苦笑を返す。    真っ青だった顔色が、自分がすべきことを思い出してか血の気を取り戻していく。  東条がぽつぽつと返す表情は、この先の生活を考えているためか明るく弾むようだった。        ────穂垂が病室から姿を消すまでは。 END.

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