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落ち穂拾い的な 初恋は実らない
手の中には不格好な猫……ではなく、ライオンだ。
幼い頃は良い出来で、自分は折紙の天才ではないかと思っていた時期もあったが……大人になってもこの出来ということは、才能はなかったらしい。
「可愛らしい猫さんですね」
手元を覗き込みながら、優しく言うのは番であり唯一の伴侶である東雲だ。
幾ら魂で繋がっている番とはいえ、これがライオンとは読み取れなかったらしい。
「だろう?」
「はい! お昼寝から起きたら見せてあげなければですね」
「…………」
紫のたてがみの青い体のライオンを果たして子供は受け入れてくれるだろうか?
むぅ と唇をひん曲げながら、俺はかつて初恋の人にしたようにそれを東雲に渡す。
自分が作り出した奇妙な動物は、彼の手の中でなら生き生きしているように見える。
「わ……ありがとうございます!」
「そんな……そこまでのものじゃないだろう?」
それでなくとも東雲は物欲がなさ過ぎて、何をプレゼントしていいのか悩むくらいだというのに。
「威臣さんが手ずから作ってくださったものですから、私の宝物です」
にこりと柔らかく微笑んで……子供もいるというのに、まるで初めての恋愛をしているかのような様子で頬をさっと染め上げる。
あの人も、優しい笑顔で自分の差し出すこれを受け取ってくれた。
あの人は……
「ほたるせんせい は、喜んでくれたのだったか……」
渡すことに夢中で、その後ほたる先生がどんな表情をしていたのかは朧気だ。
……それに、当時はそんなことよりもほたる先生のいい香りが嗅げなくなったなって思ったら、父の番として紹介されてって言う怒涛の展開のおかげで、ところどころ記憶の抜けが多い期間だ。
父の番になってショックだったというよりは、あの甘やかなほたる先生の匂いを堪能できなくなってしまったことにショックを受けて……
「ほたる せんせい?」
「穂垂先生。…………正臣の母だ」
漏れ出る感情を隠すように、限りなく平坦に言ったつもりだったが、東雲はそう躾けられて育ってきたからか、主人、旦那、番の心の機微に敏感ですぐに何かを察してくる。
東雲は気まずそうに言葉を選びながら、俺の隣へと腰を下ろした。
それだけで、鼻先をいい香りが漂う。
「正臣さまのお母様のことは、聞いております」
「保育園の先生でな、俺の…………初恋だ」
はっと息を詰めた気配はしたが、表面上は穏やかに微笑んだままの東雲は従順に「そうなのですね」と声を返してきた。
「安心しろ。初恋は実らないものと決まっているんだ」
だから、今はもう何もないのだと、東雲を安心させるために抱き寄せた。
END.
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