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落ち穂拾い的な 暑中お見舞いのお話 3

「好き だな」  口に出やすい言葉がぽろりと漏れたけれど、実際はそんな言葉では表現しきれない。  もちろん、「愛してる」という言葉でも十分だし、それに似たような言葉でも事足りた。  けれど、大神に伝えるにはどの言葉を使っても伝えきれないんだと、セキは理解していた。  言葉を幾ら積もらせても、  行動で幾ら示してみせても、  大神は頑なに自分を受け入れようとしてくれないんだとわかっているから……  セキは体の奥深くまで暴くくせに立ち入ってこない大神に焦れた感情を覚えていた。 「早く項噛まないと、噛めなくなっちゃいますよー だ」    つんと拗ねた口調で言ったとしても大神は意に介さないだろうし、第一聞こえない距離だ。  それでもたまにはそれくらいのことを言ってやりたくなる。 「……さ。オレも食べ物探しに行ってこよっと」  傍に置いてくれているだけで贅沢なのに、欲が出ちゃったなぁ とぼやきながら立ち上がった。  サバイバルの基本は恩師が教えてくれた。  変わり者 と陰で呼ばれる通りの変わり者だったが、それでもその教師に教えを乞う人間は後を絶たなかったし、大神自身師事して間違いはなかったと痛感していた。  大きな魚を捕まえて自ら出るとどっと体が重く感じる。  水の中がどれほど自由に感じていたのかを痛感しながら、浜辺で休んでいるはずのセキを探した。  母親と暮らしていた頃は道端の草を齧っていたからサバイバルは得意 と冗談めかして話してはいたが、遭難することなんて初めてだろうにどこに行ったのかと視線を巡らせる。  水を探すついでに辺りを確認して、特別に警戒しなければならない獣はいなかったはずだが と、大神は砂浜に上がりながらセキの姿が見えないことにさっと眉間に皺を寄せた。 「  ────セキ」  呼んでみるも返って来るのは繰り返される波の音と鼓膜を覆うような風の音のみ。  魚を放り出してさっと左右を見回し、砂浜に残された不自然な窪みを追いかける。 「セキ  っ  ────あかっ!」  茶けた砂浜の向こう側へ足跡は消えそうになりながら続いていく。  乱れのないそれは何かに追い立てられたり、襲われたりしたものではないと証明してくれてはいたが、その足跡の先もそうだとは限らない。 「あかっ!」  幾度か呼んだ声に返事が返らないことに、大神はさっと指先が冷たくなるのを感じた。  どこかでいつも「なんですか?」となんでもない声が返って来るのだと信じ切っていた自分がいたことに、狼狽しながら足跡を追いかける。  砂を蹴散らしながら岩肌がむき出しになった箇所を駆け抜け……

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