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落ち穂拾い的な 暑中お見舞いのお話 10

「な、な、ナニやってるんですか⁉」 「仕事に決まっているだろう」  そう言うと大神はいつもの調子で書類を片手にノートパソコンを睨みつけている。  ぽっかりとそこだけ日常が戻ってきた様子だったけれど、周りはそうじゃない。  広々としたベッドに紗幕のテント、涼し気な籐のテーブルセットと南国を思わせる観葉植物まで置かれて……砂浜と呼ぶにはあまりも贅沢な空間に仕上がっている。 「   あ、起きたね、朝食用意してあるから食べちゃって」  幕を捲ってひょっこり顔を見せた直江の手にはオレンジジュースやふわふわのホットケーキ、スクランブルエッグに果物の乗ったトレイが持たれている。 「は? え?」 「リンゴジュースの方がいい?」 「オレンジジュースがいいです……ってか、これなんですか?」  傍に置かれていたバスローブを羽織り、ベッドから足を下ろすとさり と砂の感触がした。  砂に波の音に……ここが昨日と同じ砂浜だというのは間違いないだろうけれど…… 「グランピング? かな」 「直江さんもあやふやなんじゃないですか!」  昨夜、二人で絡まり合った簡易ベッドなんてどこにもなくて、セキは寂しく思いながら大神の向かいへと座る。 「こんなことになってるのに……ぐっすり眠ってて気づかなかったです」 「起こさないようにって指示されていたからね」  直江はドヤ顔をしながら朝食をテーブルに広げていく。  その向こうには、昨日の二人きりの時に見せた表情とはかけ離れた、いつも通りの硬質な表情で仕事をこなす大神が座っている。 「食べないのか?」 「食べます、食べますけど……」  昔の生活を考えれば贅沢な朝食で、起きれば勝手に出来立てのものが運ばれてくるという何も文句のつけようのない状況だ。  けれどセキは昨夜大神が捕まえて焼いてくれた魚の味を思い出して、しょんぼりと項垂れる。  あの魚が堪らなく美味しかった というよりは、二人で話しながら食事をしたのが嬉しくて……  放っておくと不眠不休で働いている大神がゆっくり自分と食事をとる機会なんて滅多にないことをセキはよく理解していた。もちろん、幾ら肉体関係があるとはいえ、大神に雇用されている以上は仕事の邪魔はしてはいけないとわかっているけれど。  寂しくないわけではない。  目覚めて……言葉の通り、夢から醒めた気分になって切なく思う胸の内を、大神に察してくれというのは我儘だ。  もじ としながら手を合わせる。 「いただきます」 「……直江」  溜息を混ぜたように呼びつけながらノートパソコンを閉じた大神の前に、さっとピーナッツクリームのサンドイッチやコーヒー、果物が並べられる。 「食事が終わったら戻る、いいな?」  そう言うと大神は食事に手を伸ばした。 END.

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