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0.01の距離 2
「あ、や、待って! まこちゃ 信さま! 待ってってば! 見送りますんです!」
狭い玄関で靴を履いている俺の背中にどん! と衝撃が加わる。
幸い、小さなミントにそんなことをされたくらいじゃ揺らぐ体格ではないけれど、危ないものは危ない。
「人に飛びつくなって言ってるだろ」
「ひゃぁー……の、ズボンが足に絡んじゃったんだもん!」
そう言い訳するミントの足元を見てみると、くたびれすぎてゴムの伸び切ったズボンが足首にまとわりついている。
あれだけゴムを入れ直すようにといっておいたのに、何もしなかったらしい。
「裁縫箱の位置はわかるな? この後すぐに入れ替えておくんだぞ」
「えーでも、イベント周回がまだ残ってて……」
俺を見送ると言いつつ、ミントの目は持ったままの携帯電話にちらちらと送られている。
昨夜も寝落ちするまで必死に画面を突きまわっていたが、ハマっているゲームのイベントがあったのか……
「きちんとやることをやってから、のんびりすればいいだろ」
「信さまは簡単に言っちゃってくれるっすけど、オレには優先というものがあって 」
「じゃあ実家でしてこい」
さすがに な態度につっけんどんに言ってから玄関を飛び出す。
二階の錆びて、もたれかかったら崩れるんじゃって怖くなる手すりには触らず、ミントが追いかけてこない内に大学の方へと駆け出す。
道に出てから振り返ると、ズボンを腰位置で押さえたミントが大きな口を開けて何事か言っている。
たぶん「いってらっしゃいませ」だろうと思いながら、大学への道を速足で歩いていく。
電車賃がもったいないから、電車で三駅のところを歩いて通っている。
築がわからないような物件に住んで、電車賃にすら困る俺に使えないとはいえメイドがいるのには事情があって……
俺とミントは幼馴染だ。
いや、そんな耳障りのいいものではなくて、俺の実家で雇われていた使用人の子供がミントで、幼い頃に借金が理由で親子二人でうちに来た時からの関係だった。
夫であるαに捨てられた挙句に借金まで背負わされたΩが、子供だけは絶対に売り飛ばすようなことはしない と闇金ヤクザの前で言い切ったために、ちょうど兄弟が増えて人手が欲しかったうちで滅私奉公させられてるって話だ。
うちはそんな厳しい家風じゃないから、使用人の子供と遊んでもどちらも叱られることがない。だから、年の一番近かった俺たちは自然と仲良くなって、ずっとつるんでいた。
……いや、つるんでいたって思っていたのは俺だけで、実際はミントが俺を監視していた ってだけだ。
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