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0.01の距離 4

 理由は詳しく聞いてはいないが、相手はシングルファーザーの家庭で大変だった と漏れ聞いていたので、そういうことかと腑に落ちた。  俺が自慢するようなことではないけれど、我が家はお手伝いさんを何人も抱えなくてはならないような家庭で、父も幾つもの会社を手掛けて世界中を慌ただしく行ったり来たりしているような人だ。  父が、片親のΩが我が家にふさわしくないと思うのも……仕方のない話なのかもしれない。   「……あのミントが泣いてたのは、あの時だけなんだよな」  校門に着いたから、ちょっと立ち止まって呼吸を整える。 「いつもへらへらしてるのにな」  親父とミントの言い争いが終わり、人の出てくる気配に慌てて隠れて見ていると、扉を先に出て来たミントの目には涙が溢れて、幾つもの涙の筋を作り出していた。  転んでも、犬に嚙まれても、兄にからかわれてもへらへらしていたのに……  親父が恐ろしい人だと、立場的にも本能的にもわかっている。  逆らったらどうなるか、どう追い込まれて従わされるのか……いや、生きていた痕跡すら残さないまま消されるかもしれない。  それらを天秤にかけた場合、俺はミントを危険に晒せなかった。  だからといって、じゃあ大人しく言われたとおりにミントと雇用主の子供と使用人の子供としてやっていけるかというと別の話になる。  ミントとはちょっといい雰囲気だっただけに、出鼻を挫かれたというか殴り飛ばされたような気持ちで。  少し頭を冷やしたいのもあって、強引に家を飛び出して今に至る。 「あいつは俺と、どう言う関係になりたいのか……」  あの、αの権化のような親父に真っ向から言い返すくらいだし、傍に居ると言ってついてきたのだから、離れたいとは思っていないだろう。  でも、だからって……俺たちの関係はそこまでだ。   「  ────信くん!」  はっと顔を上げると、同じゼミの佐久間が手を振っている。 「おはよ!」 「ああ、おはよう。お前もゼミか?」 「うん! 今日を逃したら教授がまた学校に来るのって先になっちゃうから」  ふわっとした柔らかそうな茶色い髪と、くりくりとした猫のような目をした佐久間はどこかミントと雰囲気が似ていると思う。  それがΩ特有のものなのか、それともただ佐久間がミントに似ているからなのかは判断がつかないところだが、俺にαを求めてこないのは好感が持てる相手だった。 「教授ってこんなにも学校に顔出さないものなのか?」 「わっかんない。先生にもよるんじゃない?」  ひょい と肩を竦める佐久間と並んでゼミ室のある校舎へ向かって歩き出す。    

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