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0.01の距離 6

   そんな場所でもし発情期にでもなったら、とんでもないことになる。  今はαもΩも抑制剤を飲んでいるし、αには緊急用抑制剤の所持も義務付けられているけれど、だからといってそれを使うとは限らない。  鼻先をくすぐるミントのフェロモンはいつもいい香りで、それに惹きつけられるαは多いはずだ。  アパートの、そろりと上がりたくなる外階段を駆け上がって叩きつけるようにして扉を開ける。   「   ────はへ⁉」  部屋の中から聞こえてきたのは間抜けと言ってしまってもいいようなミントの驚いた声だ。  走ったために上がった息が整わなかったけれど、よたよたと部屋へと入って布団にくるまって転がっていたらしいミントの傍へ崩れるようにして座った。 「信さま? ど、どうされちゃったんです? 学校……あ! 忘れものですです? オレ、また連絡見逃してましたか⁉」  ミントは俺の様子に驚いてはいたが、慌てて携帯電話に目を遣る。 「うーんんん? 何も来てないですよ? 連絡くれたら持って行った  持って行きましたのに」  もそもそ とミントが布団の中から這い出てくると、中に籠っていた空気が溢れ出たためにミントの匂いが舞い上がる。  少し、すっとするようなみずみずしい清涼感のある、そんな香りは俺の胸をくすぐるように鼻先に漂う。  狭い部屋に一緒にいたから慣れて気づかなかったのか、それとも風通しの良すぎる部屋の構造のせいなのか、こうして意識してミントのフェロモンを感じてみようとすると、少し濃いような気がする。  人のフェロモンを勝手に嗅ぐのはエチケット違反だと幼い頃から学んできたせいで、匂いが濃い薄いを気にしないようにしていたけれど……  ミントの匂いが、随分と濃いように思う。 「おい、布団から出ろ」 「え⁉ あ、でも 」  布団にくるまったままにじるようにして後ずさるミントを捕まえる。 「出かけるぞ」 「か、買い物ですかぁ? 今、イベントがいいところなんで、信さま行ってきて ……くださいよ」  メイドと言いつつもメイドの職務を一つも全うしないミントを睨みつけた。 「ぅ、……だってぇ、安いスーパー遠いじゃないですかぁ、あんなとこから大きな荷物抱えて帰るのヤなんだもん」  頬を膨らませてぷーん! とそっぽを向くのを、無理矢理こっちに向かせる。 「ミント、お前実家に帰れ」 「  ────⁉」  実家はΩが発情期になった際に使うΩ用シェルターも完備しているし、もし万が一何かあったとしてもきちんと抑制剤を服用した警備員も控えている。

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