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0.01の距離 10

 なんでも見栄を張れという話ではないだろうけれど、それでも清潔にしておくに越したことはない。 「そう言うけどさーやっぱりお風呂が部屋にないのってちょっとめんど  じゃなくて、大変だなって思うんだよね。お屋敷はいつでも入り放題だったじゃん? やっぱアレになれるとさぁ~」 「それ と、これ は、別の話だろ」  タオルが冷めないうちにミントの顔にばふりと被せ、力を込めて拭いてやる。 「あ゛ーっいたたたたっ! 顔っ顔は洗ってるもんっ」 「そうか」  信用してないわけではないけれど、信じられないのがミントだ。  顎をのけぞらせて丁寧に拭いて、タオルを絞り直して腕を拭き…… 「ほら、続きは自分でやれ」 「えー! 背中とか届かないよ」  ほらほらと腕を後ろに回してみせて、ミントは抗議の声を上げる。 「体洗う時どうしてるんだよ……」  もう深くは考えないようにして、無防備に晒された背中にタオルを置く。  白くてなめらかで、風呂に入っていないっていうのに綺麗な陶器のような背中だ。  熱いタオルを置いた辺りだけはちょっと赤みがさして、赤い花が滲んだかのように見える。  エプロンだから背面を隠すのは腰で結ばれた紐だけの背中は、目の毒と言ってしまっても差し支えないほど魅力的だった。  何も隠されていない項と、そこからゆっくりと腰に流れていく頸椎の筋と、それから羽の名残のように浮かび上がる肩甲骨と…… 「信さま? タオル冷たいー!」 「あ、ああ。すまん」  慌てて熱い湯に漬けて絞り直したタオルで拭いていく。 「ネックガードはちゃんとつけろって言ってるだろ」 「だって、アレつけると苦しいじゃないですか」  そんな安易な理由で外しておくものではないだろうに。 「外に出る時はちゃんとつけてるし、家の中くらいいいでしょ?」  差し出すように出された首は、力を込めればあっさり折れてしまいそうなほどに細くて頼りない。  けれど傷一つなく綺麗なままで…… 「何かあったらどうするんだ」 「何か?」  ミントはきょとんとした調子で尋ね返し、くるりとこちらへと向き返った。  揺れた空気に含まれるのはやっぱりミントの香りで、清涼感のある甘いそれはからかうように俺の鼻先をくすぐる。 「何かあったら、信さまが責任取ってくれればいんじゃ?」  んふふ と上目遣いに笑われて……  喉元から続いていく皮膚の行く先に思わず目が滑っていく。  エプロンについている胸のレースが邪魔だ と邪な考えが忍び寄り始めた時、ミントがまた笑い声をあげた。 「今みたいに―、ずっと雇ってくださいね!」

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