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0.01の距離 11

「……穀潰しを雇ってられるか」  ぴし と鼻先を叩いてやると小さな子供のような声が上がって……先ほどまで俺の中でくすぶっていた変な感情を吹き飛ばしていく。  俺とミントの距離は、腕を伸ばせば届く距離、けれどもその距離はどこまでも遠いものだった。  俺は、ミントと距離を詰めたいと思う。  親父は、ミントと距離を離したいようだ。  ……ミントは……追いかけてきてくれるくらいなんだから、憎くは思ってないはずだ。  けれど、俺の前であっさり裸エプロンになってしまえるところだとか、ネックガードをしないところとか、緊張もせずに一緒の布団で寝てしまえるところを見ると、男……αとしては見てもらえていないように思う。  幼馴染の、人畜無害の、カモ かな。 「ぅ……うぅーん   」  腕の中でミントがクズるように寝返りを打ち、ぽかんと開けた唇がこちらを向く。  本来なら色っぽさの一つでもあるシーンだけれど、開いたままの口からヨダレが垂れ始めているから……どきりとするような雰囲気なんて皆無だ。  慌てて枕元のティッシュを取って、腕に届きそうなほど垂れて来たヨダレを拭き取る。  普通、Ωって言うのは、α……特に俺のようなガタイのいいαに対して怯えたりするもんじゃないんだろうか? 怯えはしなくとも気後れしたりとか遠巻きにしたりとかするものなのだが……  まだバース性の性差があまりない幼い頃から、ミントの態度はずっとこのままだ。  狭い布団にぎゅうぎゅうになって眠っているのに、ぐっすり眠る様は小さい頃の昼寝風景のようだった。 「お前、俺のこと好きなんじゃないのか?」  起こさない程度の声で呟いて、額にかかった髪を払ってやる。  額が全開になると、普段よりも幼い顔立ち見えて…… 「それとも、俺のこと諦めたのか?」  付き合ったり、番になったりを望まないのは、親父の言葉に納得したから?  確かに、親父に逆らって親ともども職を失ったら路頭に迷うしかないんだから、ミントがとれる行動は限られてくるだろう。  その結果、家政婦として傍に居ることが、こいつの取ったぎりぎりの選択だったのかもしれない。 「お前は、それでいいのか?」  健やかな寝息を立てているミントから答えは返ってこないけれど、自分自身の考えがまとまっていない今、それでいいのかもしれないと思った。  距離を感じることはあっても、それでも二人で穏やかに暮らせているこの状況が心地よくて、恋人にも番にもなれないけれどこうやって触れられる距離にいるというのはいいことなのかもしれない。

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