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0.01の距離 15

 責任を取って雇え とは言っていたが、責任を取って番え……とは言われていない。  ミントは、俺のメイドであることが一番だと思っているんだろうか? 「ってところでさ、そろそろ授業なんだけど」 「あ、あぁ、そっか」  食堂の時計を見ると移動にはいい時間だ。  俺としてはもう少し話を聞いて欲しかったけれど、優先順位があるのは理解している。  しかたがなかったが席を立って、俺は佐久間に向かって手を差し出す。  佐久間もそれを警戒することもなく掴んで立ち上がると、慣れた動きでするりと腕を絡めてくる。 「次の授業眠くなりそう、寝そうになってたら起こしてね」 「わかった」  身長差のせいでぶら下がるように俺と腕を組んで歩く佐久間に、仕方がないな というふうに返事をした。  今日は急遽シフトの変更でいったん家に帰ることになった。  帰り道にある安売りが自慢のスーパーで油揚げと小松菜を買って、バイトの時間までに夕飯を作って……と段取りを考えながら歩いていると、ボロアパートの前に高級車が泊まっているのが見えた。  遠目からでもわかる高そうな黒塗りの車なんて、心当たりは一人しかいない。 「……ったく」    ごちながら近づくと、アパートをぼんやり見上げていた小柄な人……父さんがこちらに気づく。  親父とは正反対の華奢で小さな父さんは、本当に俺を産めたのか疑問に思うほど儚げだ。 「まこちゃん、おかえりなさい」  笑えばわずかに笑い皺が寄るけれど、年を感じさせるのはそれだけだった。  誰が見ても綺麗 と評判の父さんは、俺のほうにぱたぱたと駆け寄って来る。 「……父さん」 「どうしてそんな顔するの、別に怒らないよ?」  親父の仕事のサポートで父さんも忙しい身の上だ。そんな人がわざわざ俺を訪ねてくるなんて、そう思っても仕方ない。 「いや別に……そんなこと思ってないよ」  とっくの昔に追い抜かした父さんの頭を見下ろして、そわりと落ち着かなげに体を揺する。  突然家を飛び出したこととか、父さんが用意してくれていたマンションに住まなかったこととか、何度も来ていた連絡を無視したり使いの人間を追い返したり……怒られる理由が多すぎて冷や汗が出そうだ。 「すごいね、こんなレトロなアパートまだ残ってるんだ……」 「レトロ……」  物は言いようだ。 「懐かしい感じだよね」 「懐かしいってか……古いだけだって」 「そうそう、まこちゃんに差し入れ持ってきたの」  父さんがそう言って軽く手を上げると、黒塗りの車からスーパーの袋に入った食材が運ばれてくる。

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