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0.01の距離 19

「え? あいつ、出かけてるんですか?」  思わず零れた言葉に、大家のおばあちゃんはきょんとした様子だった。    バイトの時間ギリギリまで待って、けれど結局帰ってこなかったミントは、俺がバイトを終えて帰った時には部屋の真ん中で転がりながら携帯電話を弄っていた。 「おかえんなさい! あっおかえりなさいませぇ」  慌てて言い直しながら俺を出迎えるミントは、いつも通り寝ぐせを付けたままの頭で古びたジャージを着ている。  なんなら目ヤニとヨダレ痕までついているから、出かけたんだってわかるものは何もなかった。 「……」 「信さま?」  カバンを受け取ろうとした手に何も渡さないまま黙っていると、ミントは不思議そうに首を傾げる。 「バイト、お疲れだったんですか?」 「……今日、一度帰ってきてたんだけど」    ミントのぽやぽやした表情に変化はなかった。  慌てるなり驚くなりの反応があると思っていただけに、何もないことに逆にこちらが戸惑う。  どこに行ってた? なんて、束縛するようなことを聞いていいものだろうか? いつもならなんてことはない問いかけのはずなのに、今はそれを聞くのが酷く恐ろしい。 「ああー! 町内パトロールに行ってたから、擦れ違ったのかも?」 「町内パトロール?」 「うん、拠点制圧に行ってた!」  そう言ってミントは四六時中手放さない携帯電話を突き出してくる。  そこには動物をモチーフにしたキャラクター達が所狭しと配置されていて…… 「なんだ?」 「位置情報を使ったゲームだよ。いろんなところにある拠点を守ったり責めたりするゲーム!」 「……?」 「陣取りゲームだよね!」  胡乱な表情をしてみせると、ミントは慣れた手つきですいすいと画面を動かして地図を出した。  デフォルメされた地図は見慣れなかったが、それがこの町内のものであるのは理解できる。その町内で、赤い大小の点があるのはわかったが…… 「ここが拠点で、これを他のチームにとられないようにするの。オレのチームカラーが赤色ね」 「赤……しか、見えないけど」 「毎日パトロールしてるからね!」  すこぶるいい笑顔を返されて……  膝から崩れそうになるのを堪えて、壁にもたれかかって溜息を吐く。 「なんだそれ」 「なんだって……人の趣味をとやかく言わないでよ くださいっ!」  つん と言っている最中に、画面の中の赤い点が黄色に変わって……ミントがぎゃーと声を上げる。 「もーう! 明日朝一で行って取り返してくる!」    その様子はいつも通りで、俺に内緒にしなければならないようなことは何もない雰囲気だ。  

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