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0.01の距離 29

 ぺちぺちと叩き続ける手を押さえつけると、今にも泣き出しそうな顔でミントが睨みつけてくる。 「 っ」  険しく頬を膨らませた表情は怒りに満ちていて、俺は呻くように「ごめん」と言葉を漏らす。 「…………」  けれどミントは返事をせず…… 「ぁ、あ! 吐け! ここでいいから!」  ミントの頬が膨らんでいる理由が怒りじゃないって今更ながらに気づく。  差し出した手をじっとりと睨みつけて……ミントはごくん と喉を動かした。 「は……⁉ はぁ⁉ 何してんだよ! 吐けってば!」 「何してんだよはこっちのセリフだもん!」  膝にガッと衝撃が伝わり、緩んだ手からミントがすり抜けていく。  そしてまた、ぺちん とコンドームで叩いてくる。 「なんだよ! なんでこんなことすんの!」  勢いよく振り回されるコンドームに叩かれながら、ミントへの謝罪や言い訳やらが渋滞してしまってわけのわからなくなって「別に」って言葉だけが零れた。 「べ、別にってなにさー!」  べちん! と一際強く叩かれて、それに押されるように立ち上がる。  見下ろしたミントは睨みつけてくる表情に反して両目は潤んで目の縁に涙を溜めていた。  それは見ているうちに震えて崩れて……溢れて頬を滑り落ちていく。   「な、泣い   っ」  への字に曲がった唇と睨み上げてくる目と……見るのが二度目の涙と。 「な……泣くなよ……」  困り果てた俺の前で、ミントはぽろぽろと泣き出した。  どん と衝撃がきてソファーの上で飛び上がる。  実家のソファーとは全然違う、スプリングも怪しいしくたびれて元の色がちょっとわからなかくなりそうなそれは、俺の寝床だ。 「おーきーて!」  小さなソファーに小さくなって眠っているせいか疲れが取れず、しかも体のあちこちが痛くて仕方ない。  俺を見下ろす佐久間を見て……朝の挨拶をするということすら思い浮かばないまま呻いた。 「ほら、朝ごはん、買ってきてあげたから!」  おーきーて! ともう一度大きな声で叫ばれて、やっとそこで「おはよう」と言葉が零れた。  ミントを泣かしてしまったあの後、俺は逃げるようにアパートを飛び出して……以降帰っていない。  夜が明けるまで公園で過ごして、その後はゼミ室に転がり込んでいる。 「カミソリも買ってあるから、剃った方がいいよ」 「……ん」  佐久間の面倒見の良さに感謝しながらビニール袋を受け取ってもそもそと水道の方へと向かう。  鏡に映る自分はー……人に暴行を働くにふさわしい悪人面だった。  それでなくとも強面だと言うのに、救いようがないくらい酷い顔だ。

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