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はいずる翼 3
湿り気を帯びたようなひんやりとした空気の中に火の臭いと、燃え始めたストーブの臭いが漂って……
火の強い熱は今のオレには熱すぎるから、少し距離をとってほっと体の力を抜いた。
「ほら、いつもので悪いが」
そう言うと和歌はマグカップを手渡してくる。
中に入っているのはうすーい味のお茶で、ちょっと独特の風味がしててお世辞にも美味しいとは思えない。
でも、体にいい薬草のお茶なのだと言われてしまえば黙って飲むしかなかった。
「座って足を温めて。しもやけになるぞ」
「ぅ……それはイヤや」
座布団代わりの毛布に座って、感覚のなくなった冷たい足をストーブに向ける。
何も感じない と思った途端、熱を感じて慌てて足を引っ込める。
「一番でなくても、十分だと思うけどな」
隣に腰を下ろした和歌の顔を盗み見るようにそろりと視線を動かすと、瞳の真ん中に赤い火が映っていた。
少し長めのさらさらとした黒髪の間からそれが見えると、ちょっと人以外の生き物のような雰囲気があって、おとぎ話に出てくる吸血鬼とかそんな感じに思える。
「ごめんな。和歌がせっかく勉強教えてくれたのに、オレが出来の悪い子やから無駄にしてもうた」
「若葉はいい子だよ」
少し薄めの唇に笑みを乗せて言われると、それだけで天にも昇ってしまいそうな気分だ。
いい子と言われたのが嬉しくて、もじもじと体を揺すりながら「ありがとう」って言おうと決心している間に、和歌はカバンから小さなお菓子の袋を出してオレの膝の上に置いた。
「もらった。食べていいよ」
「あ……うん、でも 」
食べたら無くなる。
和歌からもらったものを消してしまえる勇気はなくて、ぎゅっと握り込むようにして手の中に収めた。
空腹に負けるその時まで、大事に取っておこう。
機嫌が治っていれば朝食は食べられると思うけれど、結局は母次第、運次第だ。
Ωなんだから少しでもいい学校に行かないと駄目 と繰り返す母の言葉が脳味噌の中でふいに響き、知らず知らずのうちに眉間に皺が寄った。
「……やっぱ、オメガはダメなんかなぁ」
「また言ってる」
「……、やって……事実やん?」
双子なのにαに生まれた若菜は母の期待に応えて勉強は一番だし運動も一番だ。
何をさせてもトップを行く若菜と違って、オレはいつもぱっとしない。
「俺は、若葉がオメガで良かったって思ってる」
お菓子を握り込んだ手をそっと包むように触って和歌は淡い笑顔を零す。
「や……でも……」
「だからこうして惹かれてる」
オレのと違ってカサついていない唇がちゅって手にキスを落として……
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