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はいずる翼 5

 この客はΩだ。  ΩがΩを抱きに来た。  この店のキャストはΩばかりで、αやβが来ることはあってもΩがくることは滅多にない。  来ることがあっても……こんな怯えるような様子をみせることはなかった。    部屋に招き入れて、立ちすくんだ隙にそっと手に触れたけれど、こちらがびっくりしてしまうほど冷たい指先だ。  緊張して血の気が失せたのか唇も色が悪くて、今から楽しんですっきりしようというふうには見えない。 「ミクちゃん、手ぇ冷たいね」 「あっ すみ、すみませんっ」  お風呂に温めに行こうって言葉は手を弾かれて消えてしまった。 「っ、すみませんっ乱暴なことをして……」  身を小さくして謝罪する姿は怯える小動物だ。 「気にせぇへんよ。ケガするようなもんでもないし、ほら……なんともないやろ?」  客の手を取って先ほど弾かれた手へと触れさせる。  冷たい軌跡を残しながら指先は肌の上を這った後、客はほっとするように微かに笑った。  口での奉仕を断られ、触れるのも断られてしまうとオレにできることは多くはなかった。  ベッドに横並びに腰かけながら、俯く客をどうしてやろうかと溜息を吐く。 「もっと傍に寄ってもええかな?」 「   はぃ」  蚊の鳴くような とはまさにこんな声なんだろう。  聞き逃してしまいそうな返事を掬えたことにほっとしながら少しだけ距離を詰めて、バスローブ姿で項垂れる姿を眺める。  俯いたことでむき出しになった項に残る噛み痕。  まるで食いちぎられでもしたような、穏やかさの欠片もない傷はαとの番契約の証だ。  やっぱりΩで間違いなかったようだけれど、だからこそ余計に番のいるΩがΩを抱きにくる理由がわからなかった。 「……すみません…………ご迷惑ですよね、ここまで来て座ってるだけの客って」 「うん? まぁ、話だけしたいって人もおるにはおるから」  努めて明るく言ったが、そんな人はほんのわずかだ。  せっかく金を出すのだからと、必要以上に楽しもうとする人がほとんどで……   「すみません、でも僕  っ」  バスローブを握り締めて大きな瞳で縋るように見つめてくる客は、自分自身でもどうしたらいいのかがわかっていないようだった。  商売の邪魔だ と放り出すこともできたけれど、寄る辺ない様子で唇を噛む姿は同じΩの自分から見ても庇護欲をそそる。 「なんも謝らんでもええんよ?」  そっと手に触れると、弾かれることはなかったけれど握り返してくることもない。  震えて助けて欲しい様子なのにそれでも怖くて一歩踏み出せない、そんな雰囲気だ。

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