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はいずる翼 7

「あ……いややないんよ、ただ   」  ただ、そんなふうにされると、受け入れたいと思うようになってしまうのが問題だった。  和歌を受け入れたい。  和歌が欲しい。  和歌に……  ぞわりと腰の辺りから這いあがってくる何かを振り払うように、和歌を押し退けて立ち上がる。  身を離したことに罪悪感を感じるほど離れがたいと思っているのに、これ以上傍にいるのは恐怖でもあった。 『  ヒートを起こすな』  脳裏にこびりつくほど言い続けられた母の言葉が蘇る。  窘めや説教などの感情を微塵も滲ませない、ただただ淡々とした抑揚のない口調で告げられ続けるそれは、まるで梅雨時の雨の音にも似ていた。  常に、意識しなくとも耳に入り続ける音。  呪いのように吐き続けられるそれは、母方の血筋のせいだった。  母の血筋は、発情を任意で行えるらしい。  らしい と言うのは保健体育の授業で性教育があった際に、母親に怒鳴られるように一度だけ説明されたからだ。  その血の呪わしさがどれほどのものか、口角に泡を飛ばす勢いで喋る母は、普段の病的ともいえる陰鬱な雰囲気がなくなり、血の気の通った人のように見えた。  自ら股を開くために発情するということが、母には堪らなく屈辱的なことだったらしい。  それがいかに獣と同等なのかを告げられ、自分がそうだと決めつけるように言われたことが忘れられなくて…… 「もう、わからないところはない?」  明らかに不審な行動をとった自分に、和歌は気を悪くする様子を見せないまま気ままに教科書を捲る。    自分の行動が不愉快じゃなかったんだろうか?  気を悪くして放り出されるんじゃなかろうか? 「……ない。やから  あの、今日はもうお暇するわ」  はは と乾いた笑いを零しながら、よろけるようにカバンを持って立ち上がる。  自分でもこんな態度をとられたらイヤな気分になるのだから、和歌が怒っていても当然で……冷めた目でオレを見ているかもと思ったら、今にもカバンを落としてしまいそうなほど手が震えた。 「もう少し、ここにいてもよくない?」  さっと掴まれた手の温もりに縋ってしまいたかった。  けれど、そうしてしまえば母が何をするかわからない。  自分一人が食事を抜かれて外に放り出されるのなら構わないが、和歌にまで迷惑をかけることになるのは我慢できなかった。 「 ごめ  ごめん、 オレ   っ」  逃げようとした体をぎゅっと抱きしめられ、腕の中にすっぽりと入れられてしまうと、閉じ込められたのにどこか安心感が湧く。  ぐるぐると温かな毛布でくるまれたような安心感に、震えていた手が落ち着きを取り戻す。 

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