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はいずる翼 8

「あかんねん、オレ……ここにおったら」  今でもダメな子やのに、ケダモノみたいになってしまうから。  和歌に嫌われないよう、行儀よくいたいから。 「怒られる?」 「……うん」  小さく頷くと、すがりたいと思っていた手がするりとほどけて離れていき……望んだはずなのに心細さに泣きそうになる。  和歌はそんなオレを見透かしたかのように微笑んで、もう一度オレに触れて来た。  出口まで見送り、結局何もしなかった客の背中をぼんやりと眺める。  風俗店に訪れながら、結局客がしたことは震えることくらいで……金がもったいなかったとは思わないのかとちらと考えたが、それを決めるのは自分じゃないと首を振った。  もう少し強気に触れれば違ったかもしれなかったけれど、どこか触れることに恐怖を感じているあの客に無理を強いる気にはなれなかった。  和歌がそうだったように。 「……あーあ、もうこぉへんやろな」  出ていく時には多少はマシになっていたが真っ青だった。  自分にはこう言う店が合わないとよくわかっただろう。  本来ならリピートを願うところだけれど、震えながらうずくまるあの客が、もう二度とそんな目に遭わないことをそっと祈った。  けれど、そんなオレの祈りを裏切るようにその客はしばらくしてからまた再び訪れて…… 「御指名  ありがとぉ……な?」  記憶の中の客よりは幾分顔色が良かったけれど、それでもワニ園に放り込まれたウサギのような雰囲気は変わらない。  笑顔で迎えるはずが、さすがに「なぜ?」に邪魔されて引き攣った奇妙な表情になってしまう。 「 ぇっと、みなわ? さん、よろしくお願いします」    あれほど怯えていたというのに、どうしてここに再び来たのか……  その心がありありと出てしまっていたのか、客は不器用に曖昧な笑みを浮かべて「会いたかったので」と真っ当な返事を返してくれた。  奇妙な客とはいえ客相手に感情を漏らしてしまうなんて と、頬をムニムニと揉んでみる。 「でもミクちゃん、この前は……その、あんまり楽しそうには   」 「名前、憶えてくださってありがとうございます」  ぎこちないけれど笑みを浮かべてくれる。  名前を呼ばれたことがそんなに嬉しいものなのかと呆れかけて……いや、たったそれだけが嬉しいんだと思い出した。 「若葉」  名を呼ばれて肩どころか体が跳ねた。  ささっと辺りを見回すとさっき自分が出て来た駅の西口から和歌が出てくるところだった。 「同じ電車だったのかな?」 「あ  、ぅうん、違う……」  オレの言葉に、和歌は怪訝そうだ。  

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