402 / 422
はいずる翼 11
わかってる と声に出せたかは定かではなかった。
「若菜は貴方と違って完璧なんだから! 風邪が治るまで近寄らないで!」
金切り声で叫ばれて引きずられて……どん って背中を押されて一歩踏み出した先は庭だ。
ここのところ雨が降ってなくてよく乾いた地面は温かくて、肌に触れる空気を避けてそこに埋まりたくなる。
「いい⁉ わかった⁉ 返事はっ?」
「……はい」
オレの小さな返事が聞こえていても聞こえていなくても、母は構わずに履き出し窓を閉めてしまう。
さっとカーテンも閉められてしまうと、もう母の中にオレは存在しない。
「……さむ」
Ωの中でも特異な、任意で発情することができるこの体質を母は憎んでいて、Ωが伝えていくこの体質は自分が産まれなければこの世から消えるはずだった。
なのに、αの弟として生まれたのがΩで……
母は酷くがっかりしたんだろうってことは、理解できる。
自分で終わりにできるはずの血筋が残ってしまった忌々しさへの怒りはその小さな体に収め切るには激しすぎることも……
「やからって、 オレがこんな目に遭う必要はあるんかなぁ」
腕を擦って寒さをごまかし、吐いた息の白さを見て思う。
「凍え死んでしまうわ」
そうぽつりと言葉が零れた。
触れた手の冷たさに、やっぱりこの客は緊張しているんだ と心の中で呟く。
「手ぇ冷たいね?」
前回のことを踏まえて、体を摺り寄せずに手を握るだけにする。
必要以上に近寄らないオレに安心したのか、客は少しほっとした様子だ。
だからなおさら、そんな思いまでしてまたここに来たのかが気にかかる。
「あ……すみません。僕、いつもこんな感じで……」
「しばらく握ってようか」
いつも、緊張している?
体質だったり筋肉量だったりがあるだろうけれど、そういったものよりもこの客にはそっちの方がしっくりときた。
怯える小動物のようだ。
「ほんならそこに座って、ちょっとお話しよか」
「は、はい」
ベッドに腰かけて、細い手をそっと包み込むようにして握ると、客の肩の力が抜けた様子だった。
「最初にズバッと聞いてまうねんけど、ミクちゃんってこう言うところ苦手やないん?」
「ぅ……バレてますか?」
「そらバレるやろー、全然楽しそうやないって言うか、なんだかこーんな顔してるやん」
頬を左右からぎゅっと挟んで顔を潰すと、客はそれを見てくすりと可愛らしく笑った。
それはここに来てから初めて見せてくれた笑顔らしい笑顔で、オレは痛む頬を擦りながらちょっと嬉しい気分になった。
ともだちにシェアしよう!