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はいずる翼 12

「ただやないんやし、なんでここに?」  影楼はΩだけが所属するということで、ちょっと強気な値段設定になっている。  それはオレにも当てはまることで…… 「ぁ  」  蚊の鳴くような声を漏らして、客は居心地悪そうに項を擦って俯いた。  手の下にあるのはまるで獣にでも襲われたかのような傷跡、嚙み千切らんばかりにつけられた歯形だ。  αとΩの絆 なんて甘やかな雰囲気は微塵もない。 「…………ヒートが、辛くて」  返された言葉はΩならば絶対に一度は思うことで……  ただ、この客の場合はその一言だけじゃないってことが、弱弱しい声に表れていた。  首を噛んだαがいるならΩの発情期はそこまで辛いものじゃない。  慰めて支えてくれるαがいるのなら……だから、この客は番契約を破棄されたか、もしくは…… 「首を噛んだアルファとは、死別しました」  「死別」の言葉だけを妙にはっきりと言ったためか、どこか演技めいて聞こえる。 「そ か。それは辛かったんな」 「……」  定型通りの慰めの言葉に客は曖昧に表情を崩したけれどそれだけで……一生消えない刻印を刻んだ相手を亡くした人間にしては淡泊な反応だ。 「もう 随分前の話ですから。二十年……は、来てないのかな、かなり前ですね」  それまではっきりとした笑顔は見せなかったのに、その時だけは「はは」と声まで出してへたくそな笑みを浮かべる。  まるでそこだけ切り取ったかのように他人事と言った様子だった。  番を失ったΩは早々に衰弱死する なんて眉唾と言い切れない話も聞くことがあるだけに、客の反応に戸惑いを感じてしまう。   「それでも、悲しいものは悲しいやん?」 「支えてくれる人がいたから、やってこられたんです」  力なく落ちた手が膝の上で行方を捜すようにぎゅっと強く握られる。 「ミクちゃんも頑張ったんやね」 「…………がん ばったんでしょうか? ただただ、母と二人、生きるのに必死で……」  自分と同年代くらいのこの客の人生がどんな波乱万丈だったのかは、これだけの会話では知る由もなかったけれど、それでもわかるのはΩとして生きるのに疲れているんだろうってこと。  ふと 信じて進んできた道に息切れする瞬間があるのは、よくわかる。 「そか、頑張ったんよ。ミクちゃんはすごく頑張った」  嫌がられるかと思いながらも、そろりと肩に手を伸ばして慰めるように触れた。  自分よりも華奢でゴツゴツと骨の当たる体は客がどれだけくたびれているかを物語るようだ。 「えらかったなぁ」  必死に人生を歩んできた人を笑うほど、性格は悪くない。      

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