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はいずる翼 13
「ありがとう……ございます 」
戸惑いを含んだ礼の言葉は、オレを見ながら返された。
時間切れを教えるアラームを止めながら、結局今回も何もしなかったことに一抹の申し訳なさを感じる。
前回よりはいい顔でいてもらえたけれど、プロとしてこれで金をもらっていいのかという思いもあって……体的には楽な客で違いなかったが、こちらの気持ちは晴れない。
「 また、来てもいいですか?」
「ミクちゃん、この店がナニする店かわかってる?」
問いに問いで返すと、客はさっと耳まで赤くなって視線をそらしてしまった。
「……ゃ、やっぱり、そういうことをしない客は迷惑ですか?」
更に問いで返されて……
「損するんはミクちゃんやで?」
問いで返す言葉に客はー……ミクは首を振った。
「みなわさんとお話しできるなら」
はにかむように笑った顔は今までで見た表情の中で一番明るかった。
古い天井は蜘蛛の巣もなければ埃もなかったけれど、時間の経過だけですすけてみせる。
目を開けて見たそれは馴染まなくて、オレは自分自身がどうして知らない天井を見上げているのかわからなくてさっと辺りを見回す。
見たこともない部屋は畳張りで、ヤカンのかけられたストーブがある以外は何もない。
「 ……あ、 ぇ」
そんな見知らぬ場所で、和歌が壁にもたれながら眠っている。
腕を組んで、今にも唸り出しそうな険しい顔でむっと唇を引き結んで……
「ぁえか」
もう一度名前を呼ぼうとしたけれどうまく声が出なかった。
痛むと言うよりは圧迫感が強くて、空気がひゅうと抜けていく。
「……若葉? 起きたのか」
目元を険しくさせたまま、和歌はオレに近づくと額に手を当ててくる。
顔をしかめたまま「まだ熱いな」と呟いてから立ち上がった。
「タオル濡らしてくる」
「和歌、オレ どうして?」
「どうしてって、……覚えてないか」
ドアノブを掴んだまま和歌は半身だけ振り返ってぼやく。
「外で倒れてた」
簡潔にそれだけを言って和歌は出ていく。
微かに聞こえる階段を下りていくミシミシと響く音に、ここは和歌の家の二階なんだってわかって……
そろりと見た窓は少し茶色くなったレースのカーテンを通して見てもわかる鈍色の空を切り抜いていて、外の重苦しい冷たさを伝えてくる。
母に庭に放り出されて……それから……?
思い出そうとしてもくらりと目が回ってそれ以上は無理だった。
「 タライくらいは買っておくべきだったかな」
そうぼやきながら和歌は部屋に入って来ると、水で濡らしたタオルを額に置いてくれる。
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