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はいずる翼 16

 こういう人間を知っている。 「薄汚いアバズレが、床に侍ることばかり覚えやがって」  ひゅ と喉が鳴った。  母から受けるものよりもより鋭利な悪意は、鈍感になっていたはずの心に食い込んできて……自分を人らしく扱ってくれていた和歌が特別だったんだってことを思い出させる。  Ωが股を開くだけの存在だってことを、この男は冷ややかな目線だけで物語っていた。 「……っ」  謝ればいいのか、抗議すればいいのか。  どうすれば和歌の迷惑にならずにこの男をここから立ち去らせることができるのか…… 「ご めなさ、あいさ っつもせ  っ」  ぐっと喉が詰まって盛大に咳き込むと、男は口元を押さえながらさっと身を引いて舌打ちをする。  自然とせりあがってくる咳の衝動は止めきれなくて、背中を丸めるようにしてゲホゲホと激しく咳き込む。 「おい、止めろ。汚い」 「っ ごめっ  ご、 ごめ  」  謝罪の言葉すらも咳で遮られてうまく出ず、掛け布団をぎゅっと掴んで体を震わせる。 「止めろと言っているだろう!」  どかどかと部屋に入ってきた乱暴な足音が耳に届いたけれど、胸の痛みと咳で動くこともままならないオレには避けることもできない。  涙で滲んだ視界に影ができたと思った瞬間、襟首を掴まれてそのまま勢いよく布団へと叩きつけられる。  衝撃は頭を揺らして、咳で息が続かないこともあって抵抗しようとする力すら出ない。 「 ぅ゛っ、 っ」 「ああ! うるさい! 仙内はどうした! どうしていない⁉」  頭に布団を被せられ、その上からぐいぐいと押さえつけられて……  喋るどころか呼吸もままならない状態で怒鳴りつけられて、意識は洗濯機の中にいるかのように振り回されてめちゃくちゃだった。 「  先生っ!」  聞いたことがないような鋭い和歌の声がして、オレを押さえつけていた力がふっと和らぐ。  オレはとにかく空気が欲しくて欲しくて……がむしゃらに布団を跳ねのけてはぁ と深く息を吸い込んだ。 「若葉! 大丈夫か⁉」 「  ん、  っ」  急に空気が喉を通った刺激で再び咳き込み始めたオレの背を擦りながら、和歌は「先生」と低い声で呼んだ。 「……」 「何をされているんです?」 「  処方した薬に解熱剤を入れそびれたから  それを  」 「それを?」 「それを持ってきてやったんだろう」  スーツのポケットから小さな白い袋を投げつけるようにオレの方に落とすと、男はふん と鼻息を荒くする。  まるで自分が慈悲だけでできている人間だとでも言いたげな様子だ。 「薬を持ってきて、どうして患者にこんなことを⁉」 「患者?」  はは と男は笑う。

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