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はいずる翼 18
「なん……金の話なん?」
ひやり とするのは、どうしてなのか。
ミクが金をたかるような性分ではないとわかってはいるけれど、それを隠せる人間もいるとこの世界に生きて十二分に経験してきた。
そんな、がっかりするようなことを、感じたくない。
「今月の末の、この日」
ミクは手帳を取り出していろいろと書き込んであるひと月分のページを見せる。
『お休み』と書かれて矢印が四日間引かれていて……
「この日から ……あ、えっと、僕、ヒート休暇をもらっていて……」
薄い手帳を持つ手に力が籠ったからか、四角い枠がぐにゃりと歪む。
「だから、 」
力が籠ったからか、やっと血が通う色になった指先がまた白くなる。
ミクが何を言いたいのか理解はしていたけれど、オレから言い出せる言葉は何もなかった。
「 っ、ぁの、僕と、一緒に過ごしてもらえませんか?」
「そ 」
「もちろんっきちんとお支払いはします!」
さっとこちらを向いた両目には縁ぎりぎりまで涙が溜まって、今にも震えて落ちてしまいそうだった。
色のなくなった握り締めた指と赤い耳と……真っ直ぐに震えながらオレを見つめてくる瞳と……
「金 って、料金のこと、なん?」
「は、はい! 僕の稼ぎじゃ、きちんと払うのか不安になるんじゃないかって 」
「そんなん思わんけど」
力を込められたままの手を包み込むように握り、オレは妙に安堵した気分でそれに額を乗せる。
「なんや思ったわ」
「ごめんなさい……」
「怒ってへんよ。でも……ミクちゃん、わかってる? ヒートっていうことはこれ以上するねんで?」
やっと繋げるようになった手に唇を寄せようとすると、ミクは慌てて手を振り払ってしまう。
今にも泣き出しそうな真っ赤な顔は、オレと濃密な四日間を過ごしたいと思っているようではない。
「わ、かって、る。けど、みなちゃんなら……出来るかな って。四日じゃなくていいから! 二日っ……うぅん、一日付き合ってもらえたら……ヒートが酷いのは一日だけだから」
「日数やないんよ? オレとえっちなことして、平気?」
ミクはちょっと困ったような顔で笑おうとして笑えずに終わった。
「正直……わからない。けど」
長い睫毛に幾つもの小さな水の玉を纏わせて、ミクは懸命に戦っているように見えた。
オレが目を逸らし続けていることを、真っ直ぐに受け止めようとしている。
「触れ合うなら、みなちゃんが いい」
震える睫毛と、赤い唇、すがるような瞳に……自分も男だったのかと心の片隅で驚いた。
自分はΩで、受け手側で、守ってもらう立場で、誰かを守りたいなんて思える立場じゃないと思っていたから。
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