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はいずる翼 19
だから、恐れながらも懸命に飛び立とうとしている姿を守りたいと思ったことは、自分自身でも意外だった。
「 ……やったら、今日はキスだけでもしてみよか」
軽くウインクしてみせると、ミクははっとした表情をして……指の先まで真っ赤にして唇を引き結んで黙ってしまう。
返事の一つくらい と待ってはみるもそれもなくて、焦れて促すように手を揺するとやっと気が付いたように飛び上がった。
「あっ、僕、……僕……はじめて で 」
番がいたのに? の言葉は言わなかった。
絆のための痕というのはあまりにも痛々しい傷の姿と、過去の話をする時に不安を含んで虚ろに揺れる瞳を知っていたから。
結びたくて結んだ縁ではなかったんだろうって……
「じゃあ、こんなところやなくて、もっとええところでする?」
「こ、こんなところって、そんな 」
きょろ と辺りを見回して……ミクはちょっと現実に戻ったようだった。
ロマンティックとは程遠い、欲が絡むここは耳を澄まさなくとも悩まし気な声が聞こえてくるような場所だ。
一際大きな喘ぎ声が響いて現実を知らしめてくる。
窺うようにして微笑んだオレの唇の端に、ミクの唇が触れたのはそんな時だった。
オレが和歌の唇に触れたのは、あのΩを人間として扱わない医者に出会った夜のことで、今更だろうと思いつつも弱った体には思いの他負担だったのか、高熱で苦しんでいる時だ。
あの男が言ったことが現実になったように、解熱剤も効かなくて熱くて熱くて……水が欲しいと呻くオレに、和歌が口移しで水をくれた。
雰囲気があるとかないとか以前にただの人命救助で、嬉しかったのにがっかりして、なのに幸せで頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「吸い飲みがなかったから、仕方なかったんだ」
和歌は熱が下がったオレに向けて、視線を合わせないまま髪をぐしゃぐしゃっと混ぜっ返してから早口でそう告げ、膝を抱え込んでしまう。
まるで謝ることを拒否する小さな子供のようにも見えて、オレはにじり寄るように和歌の傍に行って顔を覗き込んだ。
困り切って、口をへの字に曲げた顔。
思わず「ふはっ」って吹き出すと、和歌はますます口を歪めて顔を伏せてしまった。
「和歌、……あーえか」
腕をつついて興味を引くもこちらを向く気配はない。
「看病のためだから 」
「和歌」
もごもごとした言葉を邪魔するように名前を呼び続けると、次第に言い訳もなくなっていき……
「……悪かった」
項垂れて零した言葉は萎れたようにぼそぼそと呟かれる。
「悪いこと、したん?」
あえて無邪気に聞いてみると、怯えた目がオレを見ながら「こんなはずじゃなかった」って返事が返ってきた。
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