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はいずる翼 21
「今月末はすでに指名が入ってる」
こういう時の小金井はどこか得体のしれないような不気味さがあって好きになれない。
いや、元々好感の持てる相手ではなかったけれど、底のしれないナニかがあるようで嫌だった。
「ああ、あの客か」
丸い背中を更に丸くしてバインダーに挟まった紙をペラペラとめくる。
「いやいやいや、そちらをキャンセルしてもらおう」
「何勝手に 」
「こちらは断れない客だからさぁ」
小金井の弾いた紙がパチン と音を立てた。
「…………」
本当の発情Ωとセックスをしたい。
本来ならなかなか叶うことのない話だったが、これがオレだと話が変わってくる。
突発的な発情か周期的な発情しかできないΩと違う、オレだけの体質を使えばタイミングや偶然に頼ることはなくなって……お偉い方への接待にはぴったりだ。
「先約があるから」
硬い調子で繰り返してみても、小金井は半分隠れた顔で微笑んでいるだけだ。
「あの客、出禁にする?」
「なん 」
「それともここ、辞める?」
「 ────」
ぞわ と背筋を駆け上がって来る気持ちの悪さに肩が揺らぐ。
辞める? と心の中で繰り返せば、それだけで嫌な汗が噴き出していつの間にか握り締めていた手の中がぐっしょりだ。
「長い付き合いだからさ、せめて経営側でも残ってもらおうって思ってたけど、まぁ無理強いもあれだし」
「 っ」
「客を選びたいなら他の店もあるよ?」
喉が張り付いたようにひりつく。
こんなところ辞めてやる と言えないのは、和歌がここで探せと言ったからだ。
────ここで。
耳の奥に今も蘇るのは、最後に和歌が言ったその言葉だけで。
自分のαがそう言ったのだから……
「 ──── キャンセルする」
何よりもそれが最優先されるべきだ。
ぎゅっと抱きしめた和歌がもう一度キスしてくれたのは、その場のノリだったのかオレをあやすためだったのか?
和歌の家で学校の宿題をしながら、ぼんやりとそんなことを考えるとノートにミミズのような線が踊る。
「『こんなはずじゃなかった』ってことは……好きってわけじゃないんかな?」
のたうつ線でくるりとハートを描いてみて、その不毛さに消しゴムを取り出す。
「嫌いやったら家に上げんから、ちゃうか」
結局オレはあれから和歌の家にほぼ入りびたりも同然だった。
オレが家に居なくても母も若菜も気にはしていなくて、むしろ気分よく過ごしているようだったからほっとしている。
元々、捨てたくて捨てたくて仕方のなかった存在が自主的にいなくなったんだから、喜んでいると思う。
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