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はいずる翼 25

 小金井が迎えにきて、ホテルまで送り届けられれば後は時間がくるまで待機だ。 「さ、携帯預かるよ」 「……」  いつものことだ。  持ち込んでいいのは最低限の衣装のみで、それ以外は携帯電話も何も持ち込んではいけない約束だった。 「……一件だけメッセージ送らせて」  そう言うと小金井はこちらに向けていた手をぐにゃりと動かしたけれど、手の中の携帯電話を取り上げようとはしなかった。  オレは慌ててメッセージ画面を開いて……連絡するから とだけ打ち込んで送信する。  きっと、もっと機嫌を取る言葉があったと思う。  けれどミクはどんな言葉であっても「わかった」ってだけ返すと思うし、それ以外の返事は返ってこないだろう。  擦り切れて擦り切れて……人に期待をすることを忘れた人間だと、携帯電話を小金井に渡しながら薄く笑った。    一泊いくらするのかわからない部屋に通されて、オレはいつもの通りコートを脱ぎ捨ててベッドに上がる。  これでもかってくらい分厚いベッドマットと高級感の溢れる清潔なシーツ、窓の外にはギラギラとした光を集めた夜景が広がっていて感嘆の溜息の一つも出そうなくらいだった。  テーブルに置かれた果物を眺めながら、純粋に楽しむことができたらいいところなのかもしれない と思いながらブレスレットの香りを嗅いだ。  この匂いをα達は甘い匂いやいい匂いと表現するけれど、同性のオレから言わせてもらえば過ぎるほどに甘ったるい腐る寸前の果実の香りのようだと思う。  熟した香りと腐臭は紙一重で、深く吸い込んだ途端に気分が悪くなる。  けれど、チリ と肺の奥に火がついたような気配がした。  そこから徐々に広がっていき、呼吸をする度に全身に広がっていく。 「あぁ……始まるんやな  」  今ではなんてことはない感覚だったけれど、初めての時はこの熱が恐ろしくて恐ろしくて堪らなかった。  けれどそれと同時に、和歌を繋ぎとめられるんじゃないか なんてバカなことを考えてもいた。  我が家は三人家族だ。  母と若菜とオレ。  父はいるが苗字しかしらない。  どうしてそんな奇妙な家族構成になったのかは知らなかったが、母が忌々しいという任意で発情できる体質のせいだったのかもしれない。 「和歌? 寝たん?」  ソファーなんて気の利いたもののない和歌の家でうたた寝しようと思うと壁にもたれるしかない。  その日は珍しく、オレが宿題をしている最中に和歌が眠気に負けて眠ってしまっていた。  石油ストーブの立てる小さな音と注意しないと聞き取れないくらいの和歌の軽い呼吸音と……

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