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はいずる翼 28
思わず噎せて咳き込むオレに構わず、和歌はもう一度深く吸い込んで盛大に煙を吐き出す。
「ちょ ちょ っ」
手で煙を払おうとするけれどつかめない物は全然なくなってくれなくて、オレは涙を滲ませながら和歌の腕をぽかぽかと叩いた。
「やめろって、ほら、茶を飲め」
「飲む前にタバコやめぇや! 体によぉないやろ! 先輩が吸ってるって言ってたん、違うやん」
ぷかぷかとタバコを吹かしながらなおも新しいお茶を淹れようとする和歌にしがみつく。
「そ、そんなタバコ吸うんやったら、お、オレのっ く、口っ……オレとち、ちゅーしたらええやんっ」
勢いよく言ってはみたものの、自分がどれほど滑稽なことを言っているか考えると顔から火が出そうだった。
どうせ鼻で笑われて終わるんだろうなって覚悟してたのに、見上げた和歌はちょっとだけ目の縁を赤くして黙りこくっている。
引き結ばれてた唇がゆっくりと緩んで、身をかがめた和歌の唇がちゅ と音を立てて離れた。
さっきの濃厚なキスに比べたらハプニングでぶつかっただけじゃって言ってしまえるものだった。
なのに、さっきよりもはるかに恥ずかしい。
「お前、どこでそんなこと覚えてくるんだ」
「え……本、とか?」
「エロ本?」
「よ、読まないよ!」
真っ赤になった顔で怒鳴ったオレにわはは と笑い返し、和歌はタバコを消して自分の分のお茶を淹れるとリビングへと戻っていった。
ぽつんと残されたオレはマグカップを前に、さっきまで体の奥でくすぶっていた熱がどこかに行ってしまっている不思議に顔をしかめた。
少し、和歌に避けられているのかな? と思わなくもなかった。
けれど、和歌が若菜と話しているのを時折見かけるようになって……オレが近づくと二人はそそくさと会話を切り上げて離れる。
嬉しそうな若菜。
オレを避ける和歌。
答えなんて考えなくても出てくることで、和歌はやっぱり出来損ないのΩよりも可愛くて賢い若菜の方を選んだってだけの話。
いつものこと。
母も教師も同級生も先輩も後輩も、近所のみんなだって若菜のことが好きだ。
なのにオレは勉強もできなくて母親に叱られてばっかりのΩだから、和歌から見捨てられたんだ。
「そう、なんか 」
もうすぐ家だったけれど、二人の会話を邪魔しちゃダメだろうなって……だから、踵を返して学校の方へと戻る。
どこか公園で時間を潰してもよかったけれど、また風邪を引いたら今度こそ困る。
和歌はもう看病してくれないだろうから。
「図書館に、行けばいっか」
今にも雪が降り出しそうな鈍色の空は、手を伸ばせば雲に触れられるんじゃないかってくらい重苦しい雰囲気だった。
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