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はいずる翼 29
公共の図書館は、こんなオレにも平等で温もりを与えてくれるからありがたい場所だ。
喉が渇けばウォータークーラーがあるし、落ち着いて宿題もできるし、わからなければすぐに調べることができるし、小説や漫画なんかもあって時間を潰すのにはいい。
なのに、ぽつんとした寂しさを感じるのはどうしてだろう?
別に和歌といたからと言って常に喋っているわけじゃないし、和歌だっておしゃべりな方じゃない。
勉強を見てもらってる間はそれだけしか会話がなかったりもするから、静けさはここと変わりないはずなのに……
「……っ」
ぐっと唇を噛みしめる。
和歌がいない、その一点だけで世界中のどんな居心地のいい空間も、あのがらんとした家には敵わない。
もうオレの中で和歌は中心になってしまっているんだって、今やっと気が付いた。
和歌がいなくなってしまったら、オレの世界は全部崩れていっちゃって、灰も残さないまま消えてしまうんだって強く思う。
若菜には敵わないから、Ωだからだとか、出来がわるいからとか、そんなことを自分に言い聞かせて納得しようとしてたけれど、今までのようにそれで是と言えない自分が首をもたげた。
今、手を伸ばさなければ和歌は若菜に盗られてしまうだろう。
母がそうだったように、友達も近所の人も、仄かに好きになった人も。
でも、和歌はしかたがないからって手放せるような人々とは違う。
しがみついて、噛みついて、何をしてでも縋りついて、……ただただあの静謐の押し込めたような黒い瞳に自分が映るなら……
「和歌の傍に居るためなら、なんだってできる」
ぶる と寒さからでなく、武者震いで体が震えた。
さっと書架を見渡して医療教育のエリアを探す。
指先で本の題名をなぞりながらバース性に関係する本を探すも……数多くある書籍の端に、ぽつんと一冊だけ『バース性の性サイクルについて』と書かれたものが置かれていた。
堅苦しい題名とその下に印刷された『瀬能恭吾』と書かれた作者名を眺めて、その場でゆっくりとページを開いた。
・Ωの性フェロモンは主に項と子宮(男型なら胎宮)から放たれている。
・フェロモンが活発になるには年齢を待つ必要もあるが、それ以上に多くのフェロモンに触れる機会が必要である。
・αのフェロモンを摂取すれば発情を起こしやすくなる。
「……多くの、アルファのフェロモン?」
家族でもいいのならば、若菜はことあるごとにαフェロモンでオレを脅しつけてきてたから、接触量はなかなかだと思うのだけれど……?
「それから、番になりたいと願った時」
……番。
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