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はいずる翼 34

 笑い合う声を聞きながら、のっぽの男に押し倒されて足を掴み上げられる。 「でしょう? 何せこのオメガは、あの大神の気に入りなんですから」  高倉がそう言った瞬間、ビリッとしたものが空気を走った。  オレの足を掴んでいそいそと突っ込もうとした男の目がギラリと光ったように室内灯を反射して、性欲だけでない感情を滲ませる。  怒りの感情だ と肌で感じた瞬間、もうずいぶんと前の出来事だというのにオレの体は意思を裏切って震えあがった。  ドン とぶつかられてたたらを踏んだ。  腕から滑り落ちたカバンの立てる音に、騒がしくしていた一団がさっと静まり返って、ふざけていてオレにぶつかってきた男子生徒がジロリと睨みつけてくる。 「   ご、めん」  オレは前を向いて歩いていただけで、そこに後ろから突っ込んできたのは向こうだ、どちらが悪いのかははっきりしているのに……オレは謝った。  怒りを込めて睨まれることに、勝手に体が反応して萎縮してしまう。  男子生徒は舌打ちしてからまた何もなかったかのように仲間たちとふざけ合いながら去ってしまった。    足元にぽつんと落ちたカバンを拾いながら、重くのしかかるような苦しさに眉を寄せる。  陰鬱な冬の曇り空をそのまま落とし込んだ気分で、とぼとぼと靴を履き替えて校門を出ようとして若菜の後ろ姿を見つけた。  足を引きずるようにして歩くオレとは真逆に弾むようにして帰っていく。  人生の何事も成功して、憂いのない生き方をしているのがわかる。 「……オレは、  」  オレは、人として不完全なのに……  自宅の方へと踊るような足取りで帰っていく若菜を見送って、最近の避難所となった図書館へと向かう。  適当な本を選んで適当に時間を潰して……人気が少なくなった時を見計らって二階の手洗いへと入った。  人がいないのを確認してから個室に入り、ダメだとわかっているのに下着ごとズボンを下ろして股間に手を伸ばす。  触れて……気持ちいい。  くちくち と先端の柔らかな部分をイジメて、竿を緩やかに扱いてやると甘い吐息が零れる。  ここは公共の場所でこんなことをしてはいけないとわかってはいたけれど、家だと自室でも許される行為ではなくて…… 「  っ、ん  ……」  一度知ってしまった快楽を与えてくれるその行為を我慢することはできなくて、ついここで淫らな行為に耽ってしまっていた。  けれどそれも途中までで、指先がぬるぬるとしたものにまみれていくにつれて恐ろしさの方が勝って、そこでおしまい。 「……ぅ、  っ」  体を巡る熱を出せない苦しさと、男として射精すらできない情けなさにうずくまって泣くのを堪えるまでが、最近は習慣になっていた。

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