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はいずる翼 36

「せっかくニオイをつけてあげたのに」  嫌悪を伴った鳥肌に苛まれて、奥歯がカチンと鳴った。  電車とニオイと言われて思い浮かぶものは一つだけで、最近悩まされることのなくなっていた痴漢だ。  ひゅ と息が詰まって血の気が引いていく。 「もう一度、きちんとマーキングしてあげるからね」 「なん  っ」  壁に更に力強く押さえつけられて肺から息が漏れる。  耳元で吐かれた息の熱さが気持ち悪くて気持ち悪くて、胃がぎゅっと握り潰されたように痛む。 「そ、ん、なの……」 「そうすれば、こんなところでイケナイことをする必要もなくなるだろう?」 「 ────っ!」  ぞわ と触れられた太腿に寒気が走った。 「くちゃくちゃくちゃくちゃ音が漏れてたよ? こんなところでエッチなことをするなんて、悪い子だなぁ」 「そ  」  そんなこと と言いかけて言葉が止まる。  公共施設のトイレで自慰に耽っていたのは確かで、それがいいことか悪いことかで言うならば悪いことだ。  この男が告げたようにそんなことをする自分は……悪い子。 「 っ」 「ここは空っぽ? まだいい匂いがするから……残ってるんだろ?」  耳元でちゅっとリップ音がして、音の出ない悲鳴を上げた。  指先が股間を弄り、布の上から形を確認するように性器の上を辿っていく。 「それともこっちじゃなきゃ駄目だったりする?」 「なに な、なに……」  前を弄っていた手がするりと滑り、尻の割れ目を伝って緩く上下に擦る。  そんなところを……と思うのに指が軌跡を描く度にぞわりぞわりとしたものが滲みだす。 「 ぅ、  」  その感覚から逃げたくてにじるように体を動かしてはみるが、上半身を押さえつけられている以上はどうしようもできなかった。 「そんなに腰を振らなくても、きちんと可愛がってあげるからね」 「ちがっ っ、やめ  やめてぇや  っ!」  いつの間にか緩められたベルトを掻い潜り、熱くぬめった指が下着の中へ入り込んで……自分以外の皮膚が体の中でも特に柔らかな部分に触れてくる。 「な?  な、っそんな  」  先端に向けて緩く皺の寄った皮膚を軽く摘まみ、離す。  下着の中で皮膚がぱく と可愛らしい音を立てて、今自分の一番大事な部分が他人のオモチャにされているんだって知らしめる。  けれど、震える体はどうにも動いてくれない。  声を上げるだけでいい。  手を振り払うだけでいい。  そんな簡単なことができずにいると、男の手が深くまで入り込み、敏感な先端を擦り始める。  ガチガチと歯が鳴り続け、手は壁の冷たさを吸い取って氷の像になってしまったようだ。

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