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はいずる翼 42

 リビングで「え⁉」という声が上がったのと同時に、和歌はオレの手を掴んで玄関の外へと放り出した。  温もりがなかったとはいえ室内と外気温とでは雲泥の差だ。  未だ濡れたままの髪は冬の風に吹かれてあっという間に凍ってしまったんじゃないかってくらい冷たくなる。  靴すら履けないまま放り出されたから、爪先が湿気った玄関先の土に触れて一気に体温が無くなって……  家に戻ろうとした目の前で引き留める母達の声と、寒いから見送りは必要ないですと言っている和歌の声が入り混じる。  玄関の扉一つを隔てた向こうとこちらの喧騒の違いに、自分はもしや途中で力尽きて夢でも見ているんじゃないかって思い始めた頃、和歌がさっと出てきて腕を引っ張った。 「  わっ」  バランスを崩しそうになっても、オレが何かを尋ねようとしても和歌は腕の力を緩めない。  ぐいぐいとまるで罪人でも引っ立てるようにオレを自分の家へと連れて行くと、乱暴に中へと突き飛ばす。 「  っ! あ、和歌?」  かまちに足を引っ掻けて倒れ込んでも、和歌は何も言わない。  ただ鋭利さを増したように感じる表情でオレを冷たく見下ろして…… 「    ご、めん」  それがオレには罪人を裁いているように思えた。  咄嗟に口に出た謝罪は、三人の団らんに水を差してしまって申し訳なかったからで……自分の存在がこれほど邪魔なものなのかって、改めて知って胸が詰まる。  家にオレがいて邪魔をするなら、今度からはどこで時間を潰せばいいんだろう?  補導されず、できれば温かな場所がいい と考えているオレの上に、温かな腕が降りてくる。 「なんで……こんなに冷えてるんだ?」  震えていたはずなのに、背中に和歌の熱を感じた途端にぴたりと止まる。  和歌自身の匂いとあの独特なタバコの臭い、それから温もりに包まれて胸の奥がぱちぱちと小さく弾けたような感覚がした。  小さな喜びで、体の中がくすぐったい。   「ぁ……えっと、シャワー……浴びた から」 「   じゃあ、なんで他のアルファの臭いがするんだ?」 「     」    背筋を駆け上がってくる悪寒は寒さからじゃなく、もっと本能に訴えかける恐怖からだった。  うまく空気を通していた管が急に締め付けられて息が詰まる。  今にも潰されてしまいそうな圧迫感に、和歌の腕の中で堪えきれずに倒れ込んだ。 「なんであの犯罪者の臭いがする?」  畳みかけるように尋ねられて……答えられないオレは破裂しそうなほど大きく鳴る心臓を抱えながらにじるように和歌の腕から這い出そうとした。

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