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はいずる翼 44
和歌はずっとしがみつくようにオレを抱き締めたままだ。
「和歌? 和歌まで濡れてまうよ? 体冷えて風邪ひくとあかんから 」
「じゃあ俺も入る」
まるで小さな駄々っ子のように和歌は狭い浴槽の奥にオレを押しやって縁に腰かけてしまった。
じわじわとズボンがお湯を吸って色を濃くしていくのを見て、和歌の腕から逃げるように体を捩る。
「あかんて! 熱出てまうよ?」
「…………」
諭そうとするのにそうしようとすればするほど和歌の腕に力が籠り、いつの間にかわずかの隙間もないくらいに抱きしめられてしまっていた。
ど ど と跳ねる心臓の音が二つ、体を伝って耳に響いて……
くすぐったく感じるような、焦れるような、自分では御せない感覚に身じろぎをする。
「 逃げないで 頼むから 」
心臓の上で呟かれた言葉はくぐもっていたけれど不思議とよく聞こえた。
「逃げ ん、よ?」
手が冷たいから躊躇したけれど、オレを見上げてくる和歌の前髪をそっと指先で払うと、吸い込まれそうな黒い瞳がただただ真っ直ぐにオレを見ていて……ぎゅっと押されたように胸が痛んだ。
和歌の世界に自分だけが映っている充足感。
二人だけで世界が完結しているんだって、ほの暗い嬉しさに頬が緩む。
改めて、自分がこのαを欲しているんだって、理解した。
「にげ な 」
抱き締める手が震えながら移動する。
オレにしがみついていた手が弄るように自分の胸ポケットを探って、タバコを見つけて咥えようとした。
小刻みに震え続ける手はまるで中毒患者のようで、はっと息を詰めて見ている間に和歌はひぃひぃと小さく異常な呼吸を繰り返しながらタバコの先端に火をつけ……
「 あっ」
カツン とライターが甲高い音を立てて転がり落ちたのを追うように、和歌の唇からタバコが零れ落ちた。
二人の視線が追う先で、タバコはあっけなく濡れた床に転がる。
「 っ」
「 た タバコって、乾かしたらまた吸えるかなぁ?」
咄嗟に笑いでごまかそうとしたオレの体がふいにしなった。
骨の軋む音が心臓の音を縫って届いて、追いかけるように苦しいって感覚が追いかけてくる。
「あ ぇ 」
次の瞬間オレは冷たいタイルに押さえつけられて、噛みつかれるように和歌にキスされていた。
自分よりも大きい体に押さえつけられて、図書館ではあんなに怖かったはずなのに和歌にされるとどうしてだか胸が震えるほど嬉しくて。
思わず自分から手を伸ばして縋りついていた。
キスのうまい方法なんて知らない、ただ食らいついてくる和歌の後を追っていくだけで精一杯で、呼吸の仕方もうまい力の逃がし方も知らないせいで何度もカチカチと歯がぶつかる。
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