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はいずる翼 54
でも、あの受験で一番あっちゃいけないことが起こった。
並んでる番号を浮かれながら見ていた若菜の背がだんだんと静かになっていき、受験票を持った手が動かなくなった。
もう、長年の経験からか気配がおかしかった。
オレは興味のなかった掲示板に急いで目をやって……オレの番号を見つけた。でも、若菜の番号はどこにもなかった。
それが意味することとその結果がさっと頭の中をよぎり、オレは掲示板に受かってはしゃぐ奴らの間を一目散に駆け出す。
まるで、殺されるために追いかけられるウサギの気分だった。
若菜がはしゃいで和歌との大学生活を夢見る妄想を喋っているのを聞いていた。
いや、若菜の中では妄想なんかじゃなくて、確実に自分が掴み取れる未来の話なんだろう。
それがすべて潰されて……
その怒りは……
階段を駆け上がり、もうまとめてあった旅行鞄をぽーんと隣の庭に投げ込んだ。
もともと持って行きたいようなものはない。
家族の写真はなかったし。
思い出の誕生日プレゼントもない。
親からもらった宝物もない。
だから、最低限の服さえあればそれでオレの家出道具は完成する。
オレが旅行鞄を突然投げ込んだからか、和歌がリビングの履き出し窓を開けて驚いた顔をしているのが見えた。
そのまま、靴を手に持って窓を乗り越えようと ────した、のに。
襟首を掴まれて落ちた先がどうなっているかもわからないまま、勢いよく頭から床へ落ちる。
落ちた際に巻き込んだ机の上の本がバサバサと上に降ってきて、角が当たった目元は切れたのかぴりっとした痛みが走った。
「は? あんた、なんで逃げてるのよ」
「若菜……っに、逃げて なんか 」
ちっと舌打ちが響く。
若菜は怒っていて、その怒りはすべて自分に集まっていて……
「なんで遊んでばっかのオメガが……受かってるのよ!」
ドンっ! と顔の真横を力強く踏まれ、さっと血の気が引く。
「私が塾に自主勉にって頑張ってる時に、あんたは遊び歩いてたじゃない! どういうことか説明しなさい!」
再び、頬を掠る勢いで足が振り下ろされる。
逃げることもできないまま、目の横を力を込めて振り下ろされる足を怯えながら見るしかできない。
「どう って、 」
何も説明することなんてなかった。
若菜は母のサポートを十全に受けていたが落ちた、それだけのことだ。
オレ達が普通の兄弟ならそう言い返すことだってできたかもしれない、でもオレと若菜はそんな関係じゃなかった。
覗き込んでくる若菜の顔が怒りに歪んでいて……いつも優位を崩さず見下ろしていた表情は欠片もない。
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