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はいずる翼 55
突然、ガンッ と音が響いたと思ったら、目の前がさっと暗くなった。
次の瞬間、襲ってきた衝撃は痛みよりも痺れが先で……
砕けた破片が落ちる音が止んでから、やっと目を開けることができた。
「 なんで……?」
若菜の呻くような声を聞いてやっと痛みが襲ってきた。
額からキンっと骨が痺れるような痛みと、そこを中心にどくどくと脈打つ感覚が沸き上がる。
若菜の手には学習机の引き出しが、辛うじて原型を留める形で握り締められていて、怒りを表して小刻みに震えていた。
「あんたは、オメガで、劣っていて。私は、アルファで、優れてる」
興奮しているのか瞳孔の開き切った目はオレを見ているようで見ていないようだ。
次第に強くなってくる額の痛みと、再び引き出しが振り下ろされるかもしれない恐怖にカチン と奥歯が鳴る。
体を起こして、逃げて、手当てをしなきゃ と頭では考えつくのに、深淵のような目でオレを見下ろす若菜から視線を逸らすことができなかった。
逸らした瞬間、殺されるって 思う。
「 ──── っ」
肌を刺す痛みに、ひゅう と喉が冬の風のような音を立てた。
目に見えるわけではないはずなのに、どうしてだか無数の針が突き立つ。
怒りで漏らされたαのフェロモンが縫い付けるようにオレを動けなくしていく。
標本にされた蝶みたいに、動けなくて……なのに額から血だけはしっかり流れているようで、ぽたぽたと小さな音がしていた。
唾を飲み込むこともできないくらいだった。
隙を見せたらその瞬間、引き出しで容赦なく殴りつけられるって……
顔はどうでもよかったけれど、子供と……子供を見るための目だけは守りたいって強く思ったから、オレは威嚇フェロモンを振り切るように目をきつく閉じてお腹を守るように身を縮めた。
「 ──── なっ 」
癇癪の声が出た瞬間に途切れ、壁に質量のあるものが叩きつけられる音がした。
名残のように木の破片が降り注いでいるから、オレはぎゅっと身を守ったまま動けず……
「若葉!」
「ぁ、え、か?」
口を開くと、小さな破片が口に入ってくるから細かい木の切れ端が舞っていると思うと、恐ろしくて目を開けられない。
「え⁉ なんで⁉ なんでここに⁉」
「アホ! 助けに来たに決まってるだろっ」
引き起こされたけれど、目を開けるのはまだ怖かった。
「 ぃ、ぃぃいいいい 」
食いしばった歯の間から漏れる若菜の声は冷静じゃないとわかるものだ。
「ぃ、た ぃっ!」
金切り声に急いで顔を拭って目を開けると、壁に掴まりながら立ち上がる若菜の姿が見えた。
引き出しの破片が刺さったのか掌が真っ赤で……けれど、それ以上に血走った目でこちらを睨む目に、オレは純粋な恐怖で身が竦んでしまう。
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