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はいずる翼 56

 もし和歌が支えてくれなかったら、オレは腰を抜かして動けなくなっていたと思う。 「 ぁ、和歌! おでこっ」 「大したことじゃない」  オレを見ずに若菜を睨みつけたまま和歌はぶっきらぼうに言った。  左目の上には若菜が振り下ろした凶器でついたらしい傷がぱっくりと口を開けている。  止めどなく溢れてくる血に、指先の体温が無くなって……気を失いそうになってよろめいた。  自分は幾ら傷ついてもよかったけれど、それが和歌となると話は違ってくる。 「若菜っ!!」  腹の底から声を出すなんて、今までなかったかもしれない。  オレはいつでも俯き加減でいて、不明瞭なはっきりと聞き取れない声でぼそぼそ喋るべきだって言われてきたから……    だから、オレの大声に若菜ははっと目を見開いてこちらを見た。  真正面から見つめ合うなんて……小さな時以来だ。  双子とはいえ男女だからあまり似ないだろうと言われていたけれど、幼少期から小学生の時代は同じ髪型だったからよく似ていた。  中学高校と体格差も現れ始めて……久しぶりに恐れずに見た姉の顔は、自分とは全然似ていない。  鏡でも見ている気になるかと一瞬思ったけれど、赤の他人と対峙した……という気分の方が強かった。    だから、今目の前にいるのは、同じ腹で育った双子の姉というよりは、和歌を傷つける知らない人間だ。   「若菜は受験に失敗して、オレが受かった」 「……な、なに  」 「若菜は振られて、オレは和歌と恋人になった」 「        」 「若菜はお母さんと暮らして、オレは和歌と暮らす」  オレの言葉に若菜は開いた口を動かせないままだった。 「和歌はオレのアルファや。オレのアルファを傷つけるんやったら、ただじゃおかんから」  腹から出した声に、若菜がひくりと肩を揺らしたのが見えて……  オレの言葉を若菜が受け入れてくれたか……理解してくれたかはわからなかった、でもその場の緊張がピークに達した瞬間、和歌がさっとオレを抱えて窓から飛び出した。  一瞬の浮遊感は腹の底が抜け落ちるような気持ちの悪い感覚だった。  悲鳴を上げる間もなく着地した和歌は、一瞬だけ二階を振り返ってから走り出して……後のことは落ち着いてから思い返してもうまく思い出せないくらい混乱してたと思う。  オレの荷物は持ってたけど、和歌は着の身着のままで防寒具や靴すらない状態。  そんな中で和歌がオレを抱えながら……どれだけ逃げてくれたんだろう?  気づけば知らない町の診療所らしきところの裏口で、和歌がドアを叩いていた。 「出てくれ! 怪我人だ!」  

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