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はいずる翼 57
素直に受付に行けばいいんじゃ って言える雰囲気じゃなくて、仕方なく口は出さないままハンカチを和歌の額に当てる。
ぱっくりと切れて開いてしまった左上の傷はオレが思っていた以上に大きくて、ハンカチを濡らしていく血の量にさっと青くなった。
こんな状態でオレを抱えて走って……和歌はどれだけの血を流したんだろうか?
人間はどれだけの血を流すと死んでしまうんだったか と考えだすと、目の前の和歌がもうすでに致死量に達する出血をしているんじゃないかって気がした。
「 ぁ、和歌っ! あかん! あかんからな! 気をしっかり持ってよ⁉ ここっ! 開けて!」
オレに驚いた和歌を押し退けて、できるだけ派手な音が立つように掌で扉をバチバチと叩き、大声を上げる。
「ちょ っ大人しくしろ! 怪我してるんだぞっ!」
怒鳴られてちょっと怯みそうになったけれど、オレのケガはもう痛みも感じないくらいだし、きっと何てことない。
だから押し退けられそうになったのを押し返して、「急患ですっ!」って大声を上げ続けた。
和歌の傷は二針ほど縫ってテープで止めた。
血が止まってしまえば何だったんだって思えるくらいの傷で、大騒ぎしたのが恥ずかしくなってくるぐらいだ。
「じっとするくらいできないのか?」
医者が……あの時、風邪薬を処方してくれた医者が面倒そうに言い、ピンセットを動かしてその先を見つめて顔をしかめる。
綺麗だった和歌の傷に比べて、オレの方は範囲が広いし折れた木のトゲが残っていたために、まずはそれを抜かなくてはならなかった。
老眼のためか、少し身を引いては目を細め、ピンセットで摘まんだモノを間近で確認しては不機嫌そうに動くなと言ってくる。
この老医者は以前会った時、オレのことをΩと呼んで人として扱おうとはしなかった人だ。
和歌がどうしてまたこの人のところへオレを連れて来たのかは理解できなかった。
「仙内。ナースが靴を持ってくるだろうから履き替えてくるといい」
「治療が終わったら行きます」
「汚い足で病院をうろつくなと言っているんだ」
やりとりを見ていると、親しいという感じでもない。
医者から感じる不穏さに心細くなって、壁にもたれている和歌の方へと視線を送った。
いつもの穏やか……と言っていいのか、つんとしたクールな雰囲気が薄まって、今の和歌はまるで番犬のように医者を睨みつけている。
ほんのわずかのミスも許さないとばかりの雰囲気に、医者ではなくオレは緊張してしまってぎゅっと体に力を入れた。
「とって食うわけじゃないんだ。不衛生だとこのオメガの傷が腐るぞ」
きつく言われて……和歌は言い返そうとしていたみたいだったが、顔をしかめて廊下への扉に手をかけた。
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