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はいずる翼 60

 そんなはずない とでも言われるんだろうかと、異様な雰囲気に溺れそうになりながら和歌を見上げる。  鋭利なと言ってしまってもいいような横顔に、何もわからなくておろおろと二人の顔を交互に見た。 「…………関係 ない」  胸の内がひやりとしたのは和歌がオレとの関係を否定したからだ。  ほんの一言で、和歌はオレを浮つかせるし、地獄に叩き落しもする。 「関係ない?」 「先生には関係のないことだ」  和歌の言葉に詰めていた息が自然と零れた。  冷たくなった指先にぎゅっと力を入れて、安堵の気持ちのまま和歌を見上げた……けれど。 「……」  触れれば今にも切れそうな横顔に怯んで、ぶるぶると震えてよろけた。  和歌ははっとオレに振り返り、もう一度だけ医者を睨みつけるとオレの肩に手を遣って押すようにして歩き出す。 「台下殿への報せは?」 「…………」  医者の言葉に何も返さないまま和歌は戸惑って動けないオレを引きずるようにして病院から連れ出した。  オレの手を引く和歌の顔色は悪くて……  何も事情はわからなかったけれど、それでもオレと和歌の子ができたってことが祝福されることではないんだって、理解した。  熱が冷えてぶるりと体を震わせる。  癖のように触れていた腹部の一輪の赤い花のタトゥーから手を離してなんとか体を起こすと、なんの遠慮もなく体内へ出されたザーメンが押し出されてシーツの上に広がっていく。  むっとする生臭い精液のニオイにぐっと胃が縮んで、体の反応に抵抗しないままごほりと嘔吐する。  口の中に満ちるのは先ほど体から出たモノと同じものだ。  けれど胃液と混ざってこちらの方が悪臭で、もう一度ごぼりと吐き出す。  何度かえずいてからシーツの端で口を拭うと、うまく動かない体をなんとか引き起こして立ち上がった。 「はぁ……帰るか……」  物思いに沈んでいたせいですっかり熱を失った体は冷たくて、這いずるようにして風呂場に行ってシャワーを浴びる。  湯に濡れて鮮やかさを増したように見える腹部の花に視線を落とし、お腹の中に子供がいるとわかって以降の逃避の日々を思い出して小さく笑った。 「結局、アレはなんやったんやろうな」  和歌は聞けば答えてくれたかもしれない。  けれどそれは今思い返せば ってだけで、当時は尋ねていいか考える余裕もなかった。  高校を卒業したら和歌と暮らすのだと思い描いていた生活は、子供だったから夢見ることができたんだと今なら思う。  大人になったからこそ、医者が言っていた鷲見の血筋やら台下が誰なのか、和歌の生活が異常だったことにも気が付いた。  

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