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はいずる翼 65

 今、こうして連れていかれているのを考えると、和歌はあの時本当に急いでいたし……捕まりたくなかったはずだ。 「ん  いいよ」  額にかかった前髪を、和歌の指先が払ってくれるけれど、いつもは温かな指先が凍るように冷たい。  それだけこの状況に緊張しているんだって理解したから、気の紛れる話をしようと決めた。 「さ さっき、オレのこと番って、呼んでくれたやん?」 「そうだったか……?」 「うぅん、初めてやもん。アレが嬉しくて……照れくさくなったんよ」 「  っ! あ、あれは……つい」  いつもの調子で返してくれた和歌にほっとしながら首の後ろを擦った。  そこに和歌の歯形がないオレは、実は和歌の番でも何でもない状態だ。ましてや籍を入れているってわけでもないから……オレは完全にシングルマザー状態だ。  和歌とオレとの間には何も繋ぎとめるものがないんだって思ったら、体の中からぞわりとしたものが這い出して来るようだった。  子供が相手を繋ぎとめる手段になりえないのは自分の家庭で痛いほどわかっている。  それでも、オレのことをこの人数相手に「番だ」とはっきりと言ってくれたことが嬉しくて堪らなかった。 「……悪いな。勝手に」 「うぅん、嬉しい。だって、オレは和歌を運命の番やと確信してるもん」  そう言うと一瞬車の中がぴりっとした空気になった。  何が理由か なんてわからなかったけれど、でも途中で話を止めるのも気持ち悪くて言葉を続けた。 「出会った瞬間わかるんやって、本に書いてた。和歌は読んだことある?」  和歌は長いこと言葉を探している様子だったけれど、車が右折した時の衝撃にはっと顔を上げると慌てて首を振る。  以前読んだ本では、運命同士だったら出会ったその瞬間にわかるし、お互いが抑えても抑えきれないほどの欲求に突き動かされるって書かれてあった。  確かに、えっちはすごく激しかったけれど、それ以外で和歌が独占欲を見せるような部分とか、離れたがらなかったりとかはしなかったし、第一に……オレが発情期を迎えてても全然噛もうとはしなかったから……  もしかして、オレ達は運命なんかじゃないんだろうか?  いや、和歌の香りがあればいつでもどこでも発情してしまいそうになるんだから、そんなはずはない!  こんなにも好きなんだから、オレと和歌は運命の番でいいと思う。 「和歌はそう思わへん?」  オレは、αとΩの間にある絆の中でも特別なものが二人にあるのだと確信したくて、和歌の服の裾を引いた。  今の何もわからない不安な状況で、少しでも確かなものが欲しかったからなのかもしれない。  

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