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はいずる翼 67
けれど、じわりとそれが意味することが分かった瞬間、
「胎動だ!」
思わず叫んだら、前を行く全員が振り返った。
「あ あえ 和歌っ! 今、赤ちゃん動いた! めっちゃ力強かった!」
さっきまでの気まずさなんて頭からどこか宇宙のかなたに飛んで行ってしまった。
オレは痛みがあったのに和歌に駆け寄って「動いた!」ってはっきりと告げる。
オレを抱き締めてくれた和歌は……何も言わなくて…………
そんな状況じゃないってことと、喜ぶとは限らないってことを思い出してまごついていたら、三人の男がこちらに向かってくる。
「おめでとうございます。戒訴(かいそ)さま」
「おめでとうございます」
「これはよい兆候ではありませんか」
口々にそう言うけれど、視線はオレを一切見てはいない。
まるで空気にでもなったような感覚は、母と若菜の生活で異物だった自分を思い起こさせた。
「さ 騒いで……ごめん 」
オレを抱き締める手に力は籠ったけれど、和歌はこちらを見ないままだ。
これなら、出会った時の方がまだ視線が合ったし、会話も多かった。
結局、和歌は何も答えないままにいると、三人は「台下がお待ちだ」と言い合い……まるで何事もなかったかのように廊下を歩き始める。
その切り替え方というか人間味を感じない背中に、まるでロボットを見ている気分だった。
不安になればなるほど腹部がしくり と痛む。
けれどさっき元気に動いてみせてくれたのだから、この痛みは緊張のせいだと言い聞かせながら冷や汗で滑る手でぐっと拳を作る。
もう一度だけ……と見上げた和歌は、オレの肩を抱いていたけれどこちらを見ることはなかった。
教会と言われたからステンドグラスと像、それから長椅子が並んでいる場所なのかと思っていたけれど、着いた先はホテルの一室のような味気ない部屋だった。
当たり障りのない柔らかなベージュがかった壁紙に、取り立てて特徴のない応接セット、景色はカーテンが引かれていて見えなかったけれど遮るものがないのか明るい陽射しが見て取れる。
そこに、一人の中年男性。
「 っ」
誰だかわからないその中年男性の前に立つ頃にはお腹の痛みはまずいんじゃないかってくらいになっていて、オレは震えそうになる唇を噛みしめながら……それでも、和歌に何も言えなかった。
お腹が痛くて二人の子供が危ないと頭の中は焦って混乱しているのに、「助けて」の言葉が喉につっかえて出ない。
キリキリと弦を引き絞るような和歌の緊張感のせいだったのか、痛みのせいで息がうまく吸い込めないからかわからなかった。
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