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はいずる翼 72

「あっ! ちが  布団で、横に寝てくれるだけでいいんです! も、もう……ヒートも終わりかけてますから、そこまで衝動はなくて……」  でも と、暗い中でもはっきりとわかってしまう顔の赤みを隠すように、ミクは顔を覆いながら続ける。 「みなちゃんと、手を繋いで眠りたいって、思うから」  正直、体はくたくたで……でも独りであのマンションにいるよりも、ミクの隣の方が安らげそうだった。  そっと顔を隠していた手を取ると汗をかいてひんやりと冷たい。 「ええよ、オレもミクちゃんとおりたい」  細い指は包み込むように握ると、ほんのわずかな温もりを取り戻してくれた。  手を繋いだまま葦が茂った横を通り抜けると、古臭いブロックに囲まれた平屋が見えてくる。  明りはついていたが葦と曲がった先にあったせいで明かりが道まで来なかったらしい。  上品に言えば年季の入った家の引き違い戸を開けて、ミクはオレを中へと入れてくれた。  昔の建物らしく上がり框は随分と高い位置にあって、板張りの廊下は長年使い込まれているために角が丸くなっている。  天井が低く、壁紙ではない砂壁はどこか薄暗い感じがする、けれど清潔に保たれているのとミクと同じ香りがするからか居心地はいい。  通された先のリビング……と言うよりは居間はカーペットが敷かれてはいるけれど、少しぶかぶかとした感触がした。   「古くて驚きますよね。でも、虫とかは出ないから安心してください」 「オレは虫平気やで。……えぇと、まずはお母さんにご挨拶したいんやけど、もう寝てはるんやろか」 「挨拶⁉」  ミクはぴょこんと飛び跳ねて驚いたようだったけれど、慌てて手と頭を振る。 「あ! 母はデイサービスに預かってもらってて。ヒートの間はちゃんとお世話できないから  」  真っ赤になった耳を隠すように髪を弄ると、ミクは気まずそうにもじもじと立ち尽くす。 「晩御飯は食べたんかな?」 「は、はい、みなちゃんは?」  空っぽの冷蔵庫に放り込んだコンビニ袋を思い出しながら「食べたよ」って返した。  そうするとまたミクは気まずそうにしてしまうから、安心させるために手を取る。 「ヒートの終わりかけやったらしんどいやろ? もう横になろか?」  少しは温まったかと思っていた手は再び冷たくなっていた、けれど反対にミクの顔はどんどんと赤くなっていくのが微笑ましくて、いつも店で話をするくらいの距離まで近づく。 「ひゃっ」 「ひゃ? 緊張しとる?」 「きん、ちょう……は、してます。自分の家にみなちゃんがいるって、……すごくドキドキします。後、みなちゃんいつもいい匂いがするから」  

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