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はいずる翼 73
どき とするのはオレがΩだからだろうか? いい匂いがすると言われるとなんとなく浮かれた気分になってしまう。
もちろんミクは項を噛まれているからフェロモンは一切わからない、だからボディクリームか香水か何かの匂いのことだとはわかっているのだけれど……
「やったら、もうちょっと傍に来ぃ」
細い体を抱き締めると少し熱っぽさを感じる。
「ミクちゃんもええ匂いするよ。ヒートの時の甘い匂い」
「ひゃっ ……っ、っ……そ、そんなに、匂い、ます?」
嫌がられないか様子を見ながら腰に回した手に力を込めて、さっとミクの髪に鼻先を埋めてすん と鼻を鳴らす。
そうするとどこかで嗅いだような、南国の花の匂いがして……腹の奥がじくりと疼く感覚がする。
「横になろか?」
華やかで甘い香りが一層強まった気配と共に、ミクはこくりと小さく頷いて返してくれた。
ふと意識が戻った時にはオレはベッドの上で、呼吸すら辛いほどの体の重さに苛まれている最中だった。
「……っ、若葉?」
わずかな動きを感じたのか、傍らではっと顔を上げたのは和歌だ。
和歌だけれど……その目は落ち窪んで黒いクマが疲れを訴えていて、いつもの様子は欠片もない。
「和歌」と名前を呼ぼうとしたがうまくいかず、きちんと動く視線だけを動かしてみると病院で見かける支柱と点滴がわずかに見えた。
そこから伸びる透明なチューブはこちらへと向かっていて、きっと自分に繋がっているんだろうって確信できた。
和歌は血の気のない顔色のまま立ち上がると、枕元でナースコールを押したようだ。
「ぁ ぇ 」
呼んだ声はナースコールにかき消される。
「……若葉、倒れたのは覚えているか?」
カラン とナースコールのボタンを放り出した音がして、和歌がこちらを見ずに尋ねてくる。
少し体を動かそうとしただけでも息が切れるせいか、和歌がどんな表情でそれを聞いていたのか確かめられないまま、かすれた声で「ぅん」と答えた。
ここからだと拳を作っている和歌の腕しか見えなくて、不安に心臓が強く鳴り始める。
「ぁか、ちゃ だ、 ぃ 」
「赤ん坊のことより! 自分のことだろっ! なんで倒れるまで何も言わなかったっ! なんで無茶した! 傍に居たのにっっ…………気づかない俺は……馬鹿だ」
和歌がよろめくようにして崩れ落ちる。
ようやく見ることのできた和歌の表情はぐしゃりと歪んでてやっぱりいつもの様子じゃない。
その様子に内臓がひやりとして、なんとか手を動かして腹部に触れる。
元々薄い腹はそうやって触ってみても変化がわからなくて、息を詰めながら和歌に「赤ちゃん」って繰り返した。
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