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はいずる翼 75

 高橋が怯む前に白衣の襟を掴み上げ、骨が軋んで痛みを訴えていたのも無視する。  オレの突然の行動に驚いた高橋が目を丸くし、口角に泡を飛ばしながらなんだ とか、ふざけるな とか喚いていた。 「この子は和歌とオレの子供でっ! 無事に生まれてくるんや! オレがそう言うんやから、そうなんやっ」  周りの反応を窺うなんて考えは頭から消し飛んでいた。  ただただ、医者の言葉に反論しなければ、和歌とオレの子供が死んでしまいそうだったから……いや、この医者に消されてしまうんじゃないかって思ったから!  高橋はよろめくようにして後ずさりつつ、白衣を掴んでいたオレの手を乱暴に振り払った。 「なんだ! この失礼なオメガはっ」  叫び出した高橋を看護師がなだめようとしているが、オレに驚かされたことがよほど屈辱的だったのか顔を真っ赤にして今にも湯気を出しそうだ。 「こんなオメガ! とっとと研究に回してしまえっ」  それは明らかに悪意ある口調だった。  研究 と繰り返そうとした時、医者ははっとなって慌てて唾を吐き捨てると、もういいだろ! と捨て台詞を吐いて出て行ってしまった。  一瞬で静寂を取り戻した病室は耳が痛くなりそうなほどだ。 「……和歌…………赤ちゃん、生きてるんよね?」  力強く白衣を握ったからか、指の先がひりひりと痛みを訴えている。  それをごまかすために指を擦り合わせているオレの傍に和歌は腰を下ろすと、「ああ」と短い返事をくれた。 「きちんとした他のバース医に見てもらえないか、今探しているところだから……」 「そうなん? よかったぁ! 出産までの担当があのおっさんや言われたら、ストレスで死んでまうところやったわ」 「そうならなくてよかった」  ぎこちない笑みを浮かべる和歌は、どこか引っ掛かりがありそうな顔だ。 「和歌 は、赤ちゃん……反対?」 「え⁉」 「ほら、あの医者の言うてること。全部が全部やないけど、ちゃんと栄養摂れてなかったんは事実やん? 体も標準以下のぺらぺらやし……ダイエットのせいで妊娠が難しって、聞いたことがあるし……」  骨と皮だけの体は、自分自身でも好ましくない。 「もしかしたらダメになるかも   」 「……かも、で……会える命に会えなくなるのは嫌だ」  そっと腹部に手を置かれると、それだけで温もりが全身を温めるし幸せになれる。 「ここには、俺と若葉の子がいるんだから……会いたい」 「ん。和歌がそう言ってくれて、よかった」  小さく笑い合ったその底にある感情はどこかほろ苦くて、拭いきれない不安を飲み込む居心地の悪さが後に残った。    バース医がなかなか見つからないことに加えて、オレの妊娠中の症状が酷くなっていく。  体の痛みやむくみもそうだったし、骨の繋ぎが緩んだために痛みで立ち上がることもできなくなって……オレ自身も辛かったけれど、傍で付き添う和歌は見ているだけの歯がゆさに目に見えて落ち込んで……

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