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はいずる翼 76
「和歌、手、手ぇ出して」
「え?」
「ほらほら」
顔色悪くベッドの横で座っていた和歌の手を腹に触れさせると、タイミングを計ったかのようにぽこん と和歌の手を腹の子が蹴り上げる。
和歌は一瞬怯えたような表情をしたけれど、オレが「力、強いやんね?」って笑うと小さくコクコクと頷き返してくれた。
流産の危険性があるからって病院に入院している間、和歌の様子は花が萎れるように精彩を欠いていっていて……こんな風に嬉しそうに反応してくれるのは久しぶりのことだった。
「こんなはっきりわかるくらい、蹴るようになってたんだな……」
きちんと眠れているのか、きちんと食事をしているのか尋ねたかったが、ベッドの上の住人であるオレにはそれを尋ねたところでどうしようもなくて、口を出すだけ和歌を追い詰めるような気がして何も言えなかった。
病室にいなければならないオレができることと言えば、できる限り明るく振舞うことぐらいだ。
「な? 元気やろ?」
「……うん」
少し深くなった微笑みに嬉しくなって、ほっと胸を撫で下ろす。
「看護師さんも良くしてくれてるし! あのおっさん以外はなんも問題ないんよ」
明るく言ったはずなのに、和歌ははっとしたように目を見開くと曖昧に笑顔のような表情を作って頷いた。
なんてことはない一瞬の出来事だったのに、それは妙にオレの心に引っかかりを残して……結果的に言ってしまえば、その引っかかりは和歌とその看護師との関係についての胸騒ぎだったのだけれど。
腕の中の熱い体がもぞりと動く度にうとうととしていた意識が引き戻された。
子供を抱き締めて寝ればこんな風に熱いのだろうかとぼんやりと考えながら、目の前の汗の浮いた額を拭ってやる。
「 ふ、ぁ、 ごめ 眠れないですよね」
「ん。ええんよ、眠ぅないから。気にせんの」
あやすように背中をぽんぽんと叩き、汗を拭いた額に口づけた。
そうすると上がる小さな喘ぎ声と、堪えきれずに動いた腰の揺らぎがオレを刺激する。
オレの腕の中で発情期の名残に身悶えるミクは苦しそうで、わずかな手助けにでもなるかと慰めを申し出たが断られてしまった。
「ぎゅっとしてて欲しいんです」
そう言って身の内を焼く熱で瞳を潤ませたミクは、自分自身がΩだと骨身に沁みているオレでも庇護欲をそそるような健気さだ。
料金を気にしているのか と問うのは簡単だったけれど、きっとそれが理由じゃないとわかっていた。
ミクは発情期の苦しさの中でももっとも辛い孤独感に立ち向かいたいんだろうと、なんとなく感じたから……
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