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はいずる翼 81

 和歌の怒鳴り声を聞きながら、とにかく早く楽になりたくて……溺れるようにもがいた。    次に目が覚めた時にはまったく知らない病院にいて、帝王切開後のいい加減だった処置のお陰で死にかけたところを救われたらしかった。  オレが気に入らなかったからかそれともΩだからそういう処置でいいと思ったからなのかは知らないが、こんな処置をする医師がいるだなんて と怒りを通り越して呆れを滲ませた説明をされたけれどすべては後の祭りだ。  めちゃくちゃな縫い目だと言われた腹の傷は、長く大きく引き攣れて……   「  みなちゃん? 大丈夫? やっぱりお湯溜めた方がいいんじゃ  」 「ああ、うぅん。もう上がるしええよ」  ぼんやりとしていたからか、ミクが心配するくらい時間が経ってしまっていたようだ。  体も冷えてしまっていて、バカなことに時間を割いてしまった と慌てて水を止める。 「あ、これ……サイズ確認してみてください。みなちゃんの趣味じゃないかもだけど   棚の上に置いて置くから」 「そんなことないで、こういうの好きや」  仕事場と部屋を行ったり来たりするくらいしかしなかったオレは、普段着にそれほど頓着はなくて……警察に捕まらなかったらそれでいい程度の感覚だ。  ミクが用意してくれたのは優しい色合いの肌触りのいいもので、思わずそっと頬をつける。 「ミクちゃんの匂いがするから気持ちええよ」 「 ────えっ⁉」  ばたばたっと洗面所に駆け込んできたミクは真っ赤な顔で、服に頬ずりしているオレを見てぱく と口を開けて動かなくなった。 「どうしたん? ん、サイズもええ感じやで? 体形似てるし、大丈夫そう」 「あっぅ、うんっ……うん…………」  耳まで赤くして俯くと、ミクはその体勢のままそそそ……と台所の方へと消えていく。 「ミクちゃん?」 「ゃ、えっと、朝ごはんっ! 作ります!」 「え? ええよ? 手間やろし  」  何よりこの時間に食事はしない生活をしていたから、何かを食べたいと思う感覚も乏しい。  独りでぽつりと摂る食事は、生きるための最低限の栄養摂取のため以外、なんの意味もないもので…… 「……」  けれど、エプロンをつけて手際よく食事を作り始めるミクの姿に、心の中にじわりと何かが染み出してくる。 「あっ! パンとかなくて、和食だし、おしゃれなものは作れないんですけど……」 「白いご飯とお味噌汁って最高やんな?」  鍋に水を入れて豆腐を用意しているミクにそう言うと、柔らかな笑みで振り返って「はい!」って返事をしてくれた。    

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