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はいずる翼 86
オレは、オレの手で赤くなったミクを可愛いと思った。
昨夜は散々抱き締めてくれたというのに、ミクはしどろもどろと言い訳をしながら後ずさっていく。
こんな触れあいなら、番がいたらしてただろうに……
「 お母さん?」
「あ、はい。去年花見に行った時の写真なんです」
棚に飾られているのはミクと年配の女性だ。二人だけで映っているのだから普通なら親子だと言い切ってしまうのだけれど、二人の顔立ちに共通点を見つけられなかったせいか、つい疑問形になった。
「満開やね、どこの桜?」
自分の失礼な気持ちをミクに悟られる前に話題を振ると、ミクは「近くなんですよ」と言ってそちらの方を指さす。
家の中からだから当然見えないはずなのに、ついそちらを向いてしまう。
「春になったら見に行く?」
「い、一緒にですか?」
頷きながらミクの指をちょんちょん と触ると、今度は逃げないでいてくれる。
小さくはにかむ姿を可愛いと思いながら、他に写真はないかとつい探るように辺りを見回す。
ミクの、番は……
この母親と一緒の写真以外は写真は見当たらない。
「……今更なんやけど、手を合わさせてもらえるやろか?」
「え?」
きょとん と声を上げたミクは首を傾げていて、オレの言葉がわかっていないようだ。
「や ……その、間男やし、挨拶くらいはしとこうかなぁって」
「まお……っみなちゃんはそんなんじゃないですっ!」
「そうなん?」
とはいえ、死別した番に手を合わせたいと言ったのにミクの反応は微妙だった。
これ以上強く言うこともできず……
「あ、母がもうすぐ帰ってくるんです」
「やったらお暇した方がええな」
同居の息子が自分のいない間に男娼を呼んでいた なんて、親なら遭遇したくない事案だろう。
ミクの母親のためにもオレのためにも、会わないのが一番だ。
「えっ⁉」
「えって……オレの職業覚えてる?」
「でも、今日はお休みって」
確かに休みだと言ったけれど、じゃあ母親が帰って来た時にオレの説明をどうするつもりなのか?
服を借りてはいるけれど、どうしても隠し切れない雰囲気というものがあるから、サラリーマンであるミクの友達と紹介するにも苦しいんじゃないだろうか。
ミクはもう発情期から抜けているし、母親が帰ってきたら水入らずで過ごそうとかないのかと、ちょっと窺うような視線を向けてみる。
「むしろ ……もし、みなちゃんが嫌でないのなら、居て欲しいです」
ぽつんと返された言葉は心細い人間が出す声音だった。
「御迷惑でなければ、母が帰ってくるまでいてもらえませんか?」
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