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はいずる翼 89

 恋に落ちると言ったりもするけれど、そんな感覚ではなく本能で結びつけられたような、運命に定められた と表現する方が和歌とはしっくりくる。  身を裂かれたら死んでしまうように、離れ離れになったら呼吸もままならなくなるんじゃないかって思える存在だった。 「……まぁ、死んでないわけやけど」  和歌と離れ離れになったけれど、身は裂かれていないし息も吸えてるし生きている。  苦しんだけれど、和歌が子供の行方を追ってくれているし、自分自身にもそれを手伝える手段があるってわかっていたから、それらを心の支えにやってこれた。  けれどそれも、番になっていないからなのかとぼんやりと考えながら首を擦り、噛まれていたら衰弱死していたんだろうかと思う。   「何か言った?」 「何も」  つん と返してミクの首についた噛み傷を思い出して胸が痛んだ。  番に先立たれ、支えてくれていた母親の中から自分の存在が消えたΩは、いったいどうなるんだろうか?  和歌と子供のことばかり考えていた生活にふと、ミクのことが入り込んできていると気づいたのはそれからしばらくしてのことだった。 「連絡あらへんな」  携帯電話に通知が来ていないか気になるなんて、もうずいぶんとなかったことだ。  昔は和歌から連絡がくるんじゃないかと携帯電話が震える度に気にしていたけれど、仕事を始めて持った携帯電話の番号を和歌が知るはずもなく……  和歌となんの関係も存在しないことに気づいて、それらしいことを理由に捨てられたんだって理解できたのは最近のことだった。  長い間、ぼんやりと和歌のことを信じ続けることができた理由はわからない。  でも、和歌はずっと子供を探しているから会えないんだって、どうしてだか信じることができていた。 「ミクちゃんから予約入ってない?」  事務所の扉を少しだけ開けて小金井に尋ねてみるが、小金井は軽く肩をすくめ返しただけだ。  背後からクスクスと小さな笑いが起こって、「客に逃げられてる」って呟き合う声が響く。  そのセリフ自体に怒りは湧かなかったけれど、ミクが来なくなったんだという事実が深く胸に突き刺さった。  ぎこちなく事務所の扉を閉めて……オレを盗み見て笑う新人の方へと視線を向けたけれど、できたのはそこまでだ。  胸を押されるような苦しみに息が詰まって、何か言い返すこともできないままロッカーから乱暴に荷物を引っ張り出す。  オレが暴れるんじゃないかって二人は一瞬怯えた顔をしたけれど、精いっぱいの虚勢で睨みつけて店を飛び出した。  

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