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はいずる翼 90

 後で小金井から小言をもらうだろうことはわかっていたけれど、その場にいることが耐えられなかった。  影楼は和歌がオレを預けた小金井の携わっている店で、そこにいれば和歌といつかは連絡がつくと思っていた……いや、思い込んでいた。  和歌が頑張っているのだからその努力に少しでも力添えをしたくて……  だから、何を言われても何をさせられても、どんなに空虚な時間を過ごしたとしても、あの店に居続けることは苦痛じゃなかった。  なのに。  なのに だ。  ミクに会えないとわかっただけでじっとしていられなかった。  自分が傍にいると言っただけで嬉しそうにはにかんで、手に触れたら真っ赤になって、穏やかに微笑みながら料理を作って、少し悲しそうに慈愛のこもった目で母親を見つめる。  そんなミクが、まるで心に刺さった棘のように気になって仕方がない。  泣けばいいのに、あのへにゃりと失敗した笑顔で困っているんじゃないかって。  無理やりに捉まえたタクシーに乗り込んでミクの家へ行くように言うと、オレの様子がおかしかったからか一瞬警戒するような表情を浮かべたが構ってはいられなかった。  夜になると相変わらず明かりの乏しくなる場所まで来て、連絡の一つも入れていないことに気づく。  何の連絡もないまま、夜に突然家に来られる恐怖を知らないわけじゃない。  客の執着行為で何度か引っ越しをせざるを得なかった身としては、幾ら招かれたことがある場所とはいえ突然訪れるのは……  ミクが怯えるのではと思うと思わず拳に力が籠る。 「……オレが、ミクちゃんを怯えさせてどないするんや」 「何かおっしゃいましたか?」 「あ、いえ……電話かけてもいいですか?」  快くどうぞと言ってくれた運転手に頭を下げて、ミクの電話番号をコールするけれど……いつまで経っても呼び出し音ばかりで、出る気配はない。 「……」  着信拒否をしてはいないけれど、遠回しに連絡を絶ちたいと示しているのだったらどうだろうか?  何せオレは、察するのが遅いダメな人間だから…… 「   あ、の、  申し訳ないんですが、   」  元の場所に戻ってください と言おうとしたところで、手の中の携帯電話がぷつりと音を立てた。  その直後に「え⁉」と上がったのは間違いなくミクの声で、オレがしつこく電話をかけ続けるから間違えて出てしまったのかと思った瞬間、カシャン と陶器の割れる音が響く。  どうした? と尋ねる前に携帯電話はバタバタとした気配を最後に切れてしまう。  はっと息を飲んでみるも、切れた電話は再び繋がることはなかった。

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