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はいずる翼 91

  「あ……申し訳ないんですが、…………急いでもらってもいいでしょうか?」  しつこい男娼からの電話にびっくりしただけかもしれなかったけれど、ミクに何かが起こったのではないかと思うと、しつこいストーカーと思われるよりもそちらの方が気にかかった。  葦の道を抜けてミクの家へと急ぐ。  明かりの乏しい暗い夜道は以前にミクが照らしてくれた道とは違い、崖の縁を歩いているような気分にさせる。  ほんのわずかでも踏み外すと、そのまま闇の中へ落ちて体だけでなく意識までに飲み込まれてしまうんじゃないかって…… 「ミクちゃん……」  震えそうな気持で辿り着いた玄関のガラス戸の向こうに明かりが見えたが、外の明かりは落とされていて人を招き入れる雰囲気ではなかった。  思わず怯んで、暗闇の中から仄明るい世界を眺める。    こんな時間に人様の家を訪ねるなんて無作法なのは百も承知だったし、客の一人なのだから今まで通り一線を引いて接しておけばこんな不安な気持ちになることもなかったのに…… 「  っ」  押した というよりは触れたら鳴ってしまっていたチャイムに体が跳ねる。  カメラはついていなかったから、このまま踵を返して何事もなかったことにしてしまえたのに、どうしても足が動かなかった。  この家の中に、ミクがいると思うと…… 「  ────はい」  掌に汗を感じた瞬間、玄関の明かりが灯されて目の前が光に包まれた。 「  !」  暗い闇も、自分にできた黒い影も眩しさにすべて霞んで…… 「  どちら様ですか?」  警戒するようなか細い声だったけれどはっきりと聞こえる。 「ミクちゃん、あの、オレ  ……やけど」 「みなちゃん⁉」  慌ててかまちを降りる気配と鍵を外す音がして、ガラス戸が引かれて…… 「ミクちゃ   」  オレの言葉が途切れた途端、ミクは自分の姿を思い出したようだった。  はっとして異様な汚れ方をした服を隠すように両手で覆う。  けれど、肩からべったりと何かに濡れたシャツはそれくらいじゃ隠しきれない。 「ご、ごめん。大変な時に……きて、しもた?」  曖昧に笑って動揺を隠そうとするけれど、目の前のミクにはバレてしまっているんだろう。  いつもの失敗した笑顔で「そんなことないです」と返してくれる。  前回会った時よりも少しやつれたような喉元とクマのある目元、もともと弱弱しい雰囲気だったけれど今は放っておいても勝手に倒れてしまいそうに見えた。 「何か御用でしたか?」  へにゃりとした笑顔のまま尋ねられて…… 「ミクちゃんが心配やからきた や、ダメかな?」

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